JR京都線

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JR京都線(ジェイアールきょうとせん、本名東海道本線)は、京都大阪を結ぶ鉄道路線の1つである。を飼っている。

家族構成[編集]

はとても従順で、飼い主の言うことをワンワンと聞くが、は反抗してくることがある。ただしそれはJR京都線にとっては痛くもなんともない猫パンチ程度であり、かわいいもんである(向こうは張り合ってるつもりらしい)。犬は最近では弟である奈良線にもいじめられている。更に友達の京都市営地下鉄にもいじめられている。

ライバルは東海道新幹線である。京都 - 新大阪間を新快速は約25分、関空特急はるかは22分で激走するが、新幹線は僅か13分(遅くても16分)で走り抜ける。流石に新幹線には勝てないのでは? と言われているがまだまだあきらめんよ。

四天王 プラス1[編集]

京都線では以下の4つの車両が使われている。他に特急(爆笑)や貨物も走ってる。これらは全て近畿車輛によって開発されている。

223系[編集]

関西私鉄王国を潰すために開発された最終兵器近畿車輛渾身の一作である。新快速といえばコレ、というようなJR西日本を象徴する車両であるが、最近では快速として使われることも多くなってきたし、湖西線で普通として走ることも多くなってきた。

221系[編集]

昔の新快速、みやこ落ち快速。一見するとまだまだ使えそうだが、20年物なのでアチコチにガタがきている。座席は黄ばんでるし、隙間風が吹くし、ドアはガタガタ言うし、便所の臭いがするし、未だに6両編成の奴があるし…。

最近は皆の視線も厳しくなってきている。続々と山陰に飛ばされてるが…。

207系[編集]

JRの車両にしては加速が良く、座席の座り心地が良い。120km/hでぶっ飛ばして関西私鉄王国をブチ壊すはずが、120km/hでぶっ飛ばしてマンションをブチ壊してしまった。そのままではいくらなんでも縁起が悪いので、とりあえず車両を塗り替えてごまかすことにした。一見すると321系との区別は難しいが、内装を見れば一目瞭然である。

321系[編集]

本線から国鉄車を追放するために作られた車両。見た目は格好良く、120km/h出せるが、良いのはそれだけだった。蓋を開けてみれば性能も座席も床も皆酷かった。まぁでも、201系や205系を追放できたからいいか。あいつら100km/h出るかどうかすら怪しいからな。車内には1両あたり豪華12面ものテレビが備え付けられている。京阪のテレビカーに対抗したことまではよかったが、地デジ対応ができていないことが最近わかった。

225系[編集]

前面衝撃吸収構造、それに加えあの怖い顔。何をたくらんでいるのかすぐにわかる。 これも、車内のブラウン管式テレビは地デジ対応ができていないことが最近わかった。

歴史[編集]

国鉄時代(黒歴史)[編集]

今でこそ阪急や京阪を屈服させ、その立場をペットにまで落としたが国鉄時代は苦戦を強いられていた…というか、一方的にボコられていた。今とまるで逆である。

国鉄時代のJR京都線(国鉄京都線とでも呼ぶべきか?)はカボチャ大量生産された通勤型車両などの関東のお古が走るような路線であり、今の広島のような扱い…ここまで酷くは無かったが、まぁ当時の国鉄本社が大阪環状線などに力を入れていたのは事実である。

関西版の山手線のようなイメージを持っていたのかもしれないが、大阪市の大動脈は御堂筋線であり、一極集中の東京と違い京都・大阪・神戸の三都市全てが昼間人口>夜間人口であるという京阪神の事情を本社は理解していなかったのである。

というか、大阪以外(大阪も冷遇されてたが)の冷遇度が半端なかった。奈良線山陰本線も2両編成の電車がたまに走る程度のローカル線であった。ホンマ、東京の奴らはどんだけ京都を嫉妬しとんねん。実際のところ沿線住民は京阪阪急阪神といった併走私鉄の無料特急に対抗する車両を必要としていたのである。

まぁそれでも大阪鉄道管理局が本社に頼み続けた結果、117系という阪急や京阪の特急に劣らない車両を貰い、国鉄の逆襲が始まった。

新快速の登場[編集]

一般的に、国鉄が民営化されてから私鉄王国の崩壊が始まったと言われているが、実際のところ国鉄の時代からじわじわと併走私鉄を追い詰めていった。まずは153系という急行の余りのような車両を使い新快速の運用が始まったが、当時は昼間しか走ってなかったし、運賃値上げと被ったこともあってこれは大して私鉄にダメージを与えられなかった(この頃の新快速も特急雷鳥と併走し、しかも新快速のほうが速いというエピソードもあるが、今のゆとり世代からしてみたら特急より新快速のほうが速いなんて当たり前すぎるからどうでもいいわ)。

117系登場により状況は変化する。この車両は起動加速度はカボチャと同じだったが最高速度は115km/hと他の私鉄を圧倒していた。

当時の停車駅は京都 - 大阪 - 三ノ宮と新幹線並で、起動加速度の悪さはそれほど問題で無く、なんと京都 - 大阪間を29分と今と同じ時間で走っていた。

もともと京都線は京都大阪間を一直線で結んでおり、阪急や京阪よりも5km程度距離が短くスピードでは有利な立場にあったのは確かである。それでもこの時点で無料特急では表定速度で最速であり、国鉄の在来線の列車の中では様々な特急を抑え、2番目に速かった。

これは競合私鉄に強烈なダメージを与え、結果阪急のノンストップ特急は減便させられた。ただ、この時点でも新快速は昼間のみの運用であり、新快速以外の車両は相変わらずボロボロであったためまだまだ阪急や京阪のほうが有利だった。

普通なんて半分が吹田で折り返しだったし。

JR西日本発足[編集]

ここから壮絶な私鉄いじめが始まった…

JR西日本は知ってのとおり、赤字ローカル線を大量に抱えており、ドル箱東海道新幹線お隣に奪われてしまった。つーか、何やねんあの分け方、新幹線持つならせめて北陸引き取れや、赤字路線ばっか押し付けやがって。このような絶望的状況下、民営化したのでなんとか黒字を生み出さねばならない。そこで隣の会社をぶっ壊す戦略に打って出た。

田舎はこの時点で車社会と化しており、新たな需要を生み出すのは難しい。電車社会が根付いた地域から奪いとるほうが圧倒的に楽だからね。そのために開発された兵器が221系(通称便所カー)であった。コイツの威力は凄まじく、120km/hで阪急・京阪をなぎ倒していった。

高槻に停車したのに所要時間は同じという鬼畜っぷりで、阪急・京阪特急のノンストップを終わらせたことは有名であるが、もう1台、私鉄に大打撃を与えた車両があった。新兵器、207系である。京都( - 高槻) - 大阪がいくら速くなっても、実際にはその間の向日町とか、吹田などの普通しか停まらない駅の利用者が大半である。ここの高速化を狙った。

新快速の停車する京都・高槻・大阪戦線では完勝をおさめたJRはそれだけでは飽き足らず、途中駅でも客を奪おうとしたのである。207系は後に120km/hで阪急百貨店と間違えてマンションに突っ込み、JR西日本に大打撃を与えることになったが、大きな窓にふかふかの座席、120km/hを出せる高い性能、強いブレーキなどで京都線の普通を高速化させることに成功した。(阪急の自爆と重なったこともあり、京都-高槻間では阪急の特急よりJRの普通のほうが速い

吹田発着の普通が高槻発着になり、快速も高槻京都間は普通として運用されたことにより高槻京都間の普通は1時間8本になった。阪急の普通が6本であったため本数でも時間でも完全にJRが有利に立ったわけである。新快速ばかりが有名だが、実際に客を奪ったのは207系をはじめとする緩行線の高速化が大きい。

さらば阪急、お前もまさしく強敵(とも)だった!!![編集]

それは、何の前触れもなく突然やってきた

阪神淡路大震災である。突如やってきたこいつは阪神間の道や線路をズタズタに寸断し、建物を倒壊させた。しかし、ボロボロの状態から民営化させられたJR西日本は恐ろしくしたたかで、転んでもただでは起きないたくましい大阪らしい企業に成長していた

震災でやられたのはウチだけじゃない、阪神も阪急も同じだということで逆に阪神阪急の客を取り込むチャンスだと考えたのである。他のJRの力も借りつつ、最も早く復旧したJR西日本は阪急や阪神がまだ復旧してないから臨時のお客さんが多く乗ってくるだろうから増発して対応するという大義名分の下、新快速をラッシュ時に増発しまくった。新車である223系もここで投入された。とにかく臨時の客にJR西日本の凄さ、素晴らしさをこれでもかと見せ付けたのである。

この効果は絶大だった。阪急や阪神は復旧したのに客が帰ってこない(涙 JRの素晴らしさを見せ付けられ、見事に洗脳されてしまった沿線民は、再び元の私鉄を利用することは無かったのである。阪急阪神の復旧後もラッシュ時の新快速の大増発は維持され、今も朝は新快速が10分間隔ぐらいで走っている。ということで、京都大阪にはあまり影響が無かった阪神大震災だが、思わぬ形で京都線は恩恵を受けることになったのである。

JR東西線開通[編集]

併走私鉄のこれ以上新快速を速くしないで!!!という叫びを完全に無視し、223系が続々と配備され、遂に新快速の130km/h運転が始まった。

京都大阪間を27分、大阪三ノ宮間を19分(!)というとてつもない速さは沿線住民の度肝を抜いた。

阪急は未だにボロの6300系とかを使ってるのにJRは新車が続々と投入され、ラッシュ時は複々線ということを生かした大増発、京阪神は完全にJRが圧勝した。

しかし、JRはそれだけでは満足しなかった。JRの野望はいつの間にか併走私鉄全てを叩き潰すことに変化していたのである。今まで悔しいっ…ビクビクッな思いをしてきたため、私鉄王国に復讐してやろうと何十年と抱えてきた黒い物が噴出してしまったわけである。あの最強私鉄である阪急(京都線・神戸線)が屈服したのに、どうして他の私鉄を屈服できないことがあろうか。

JRは次々と刺客を送り込んだ。南海には阪和線近鉄京都線には奈良線近鉄奈良線近鉄大阪線などには大和路線 そして、京阪に追い討ちをかけるために学研都市線を尼崎まで延ばし、宝塚線と無理矢理くっつけて、阪急宝塚線の客まで奪おうとした。これがまずかった…。阪急の自爆などもあってこれは大成功したかに見えた、JR神戸線との直通運転・乗り入れで利便性は格段に上がった。今津線を使ったほうが宝塚まで早く着くような阪急宝塚線との違いは歴然であり、ここでも勝利して、いよいよ阪急倒産か!? そんな噂も流れた。

しかし、既に限界は来ていたのである。無茶なダイヤ、過剰な直通運転、無謀な分割併合…それによる慢性的な遅延。それでも遅れたら日勤教育。そのときまでたまたま事故は起きなかっただけで、いずれしっぺ返しを喰らうのは明確だった。

JR福知山線脱線事故は対応のまずさも相俟って、まさしく最悪の事故であったが、本項との関係のないことを引っ張ってしまったので割愛。とにかく、今までの駆け込み乗車が1人出れば遅延という無謀ダイヤは終わりを迎えた。京都 - 大阪間は28~30分、大阪 - 三ノ宮間は21分、京都駅大阪駅での長時間停車など、かなりのゆとりダイヤとなった。 140km/h運転も予定されていたらしいが、一体どこで140km/hを出すつもりだったのか甚だ謎である(130km/hでも一部区間しか出してないのに)。

トレインサーキット[編集]

JR京都線は表定平均が

  • 新快速 91km/h(京都~高槻間は評定平均108km/h)
  • 快速  75km/h(ノンストップ時代の阪急特急並)
  • 普通  57km/h(京阪特急並)

という超高速路線であり、繰り広げられるトレインサーキットには定評がある。 特に山崎付近で行われる阪急との山崎の戦いは日本で最も有名なトレインサーキットであろう

山崎の戦い[編集]

山崎の併走区間でJR(国鉄)と阪急の間で戦前から繰り広げられる伝統ある戦いである。 当時の阪急京都本線に走っていたP-6が国鉄の誇る超特急「つばめ」を併走区間で追い抜いたことがきっかけで勃発し、戦前から今に至るまで戦い続けている。

路線[編集]

京都~高槻[編集]

この区間では快速が鈍足である。普通電車と全く同じスピードである。新快速は高槻までノンストップであるため、そこまで約13分でいけるが、快速は高槻まで各駅停車であるため、途中で6駅にも停車し、約22分もかかる。最近まで4駅だったのだが、島本・桂川と新しく2駅も出来たせいでなおさら鈍足になった。乗ってみると「早く高槻に着かないか?」と少し憂鬱に感じてしまう。ただし、何故か朝だけは長岡京以外には停車しないので、鈍足ではない。

高槻~大阪[編集]

この区間に入るとようやく快速が本当の快速に変身する。新快速は新大阪までノンストップであるが、快速も途中で茨木にしか停車しない。京都から快速に乗っていると、高槻を発車した瞬間、憂鬱な気持ちも吹っ飛ぶだろう。日中は両方合わせて毎時8本もあるので、利便性も高い。ちなみに何故か人口35万人と高槻とほぼ同じで、茨木より多いはずの吹田には快速が停車しない。

関連項目[編集]


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「JR京都線」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)