若麒麟真一

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若麒麟真一(わかきりん しんいち、1983年9月21日-)は、我らが大日本帝国兵庫県川西市出身の元相撲レスラー、現タイマーである。本名は鈴川真一(すずかわ-)。現在は両親の経営する料理店でかわいがりをされている。

来歴[編集]

体が横に異常なほどでかく、小学校4年生のときにはJR職員に「君は本当に小学生かね?」と聞かれたという。中学校卒業と同時に押尾川部屋に入門するが、その前に観戦した1999年1月場所7日目の木戸口では「君は本当に中学生かね?」と聞かれたという(生徒証を提示したため、その場はなんとかなったとかならなかったとか・・・)。

そんな弟子が入ってきた押尾川親方は感激し、徹底的なたたき上げ教育を行った。同時に、現役時代から大好きであった大麻の吸引方法や購入方法を伝授された。鈴川(当時)は「違法なんやないか?」と質問したが、師匠は「いいんだよ、んなこたぁ。」と大雑把な解答をした。以後、鈴川の出世には大麻が欠かせなくなる。

始めて大相撲観戦した1999年1月場所後に関脇千代大海が横綱若乃花との優勝決定戦を制し初優勝。同時に大関昇進となったことを知っているため、目標は千代大海となった。そのことが相撲にも表れており、三段目時代までは立会いからの突っ張りで番付を瞬く間に上げていった。幕下の壁にぶつかることもあったが、腐らずに稽古に稽古を重ね、2004年9月場所での新十両昇進となった。このとき同時に昇進したのが、後に大相撲タイマーの会会友となる禿露山である。

新十両昇進に伴い、師匠から麒麟の文字をとって、「若麒麟」との四股名を与えられ、若麒麟の四股名で土俵を務めることになる。

新十両場所を10勝5敗で終えたが、幕内経験者の増える十両上位では、一部力士からの八百長が原因で2場所連続7勝8敗となった上、2005年1月場所千秋楽に右ひざを相手力士によって故意にケガさせられたこともあり、翌場所全休で幕下陥落となった。その場所も全休し、番付は西幕下50枚目まで落ちてしまった。

全休した3月場所直後に師匠が停年退職でも、部屋所属力士が不在になったわけでもないのに部屋を閉じて依願退職してしまったため、部屋の兄弟子、若兎馬と共に尾車部屋への移籍となる。

タイマーだった若麒麟。押尾川部屋時代は師匠の部屋で一緒に話に花を咲かせながら大麻吸引していたが、尾車親方はタイマーではないと知り、一時期、大麻吸引をやめた。しかし、親愛なる師匠と会えなくなったショックで、またしても吸ってしまった。タイマーにはどうしてもやめられない性質があるのだ。

師匠は無視し続け、自力で番付を駆け上がった。2007年11月場所では新入幕となった。大麻パワーで同時入幕の若ノ鵬らを圧倒して10勝5敗の成績を残した。しかし、若ノ鵬は順調に番付を上げていったのに対し、若麒麟はじわじわと番付が下がっていった。大変困った若麒麟は、大相撲タイマーの会会友の禿露山に正しい大麻の吸い方を教わった。

やはりきっぱりやめることはできなかった[編集]

2008年8月19日、タイマーの会会友だった若ノ鵬が逮捕された。ガタガタブルブルと震えた若麒麟は一旦やめようとしたが、僅か2日しかもたずに吸い始めてしまった。

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翌9月2日、日本相撲協会によって抜き打ち大麻検査を行った。タイマーの会会友である白鵬もどきは寝坊した、との言い訳でサボったが、クソ真面目に参加していた露鵬と禿露山は若麒麟と共に残され、追試を行った。若麒麟自身は簡易検査で出るかでないかギリギリのラインの日に吸ったきりなので解放されたが、朝吸っていたロシア兄弟は解雇となる。ガクガクブルブルした若麒麟は追検査を恐れて大麻をやめたが、9月場所は負け越してしまい、大麻の重要性に気づかされた。

その後、タイマーとして迎えた2場所を9勝6敗で終えたが、若麒麟最大の悲劇が襲う。 ポリ公に拉致られてしまったのだ。帰れなさそうなので引退届けを2009年1月31日付で提出したが承認されず、2009年2月2日付で解雇処分となってしまった。2月5日には師匠と自身の父親を通じて謝罪の手紙と、養老金受け取り辞退を伝えた。

自分でバリカンで断髪して裁判となり、4月22日に有罪判決が下された。不服判決なのにもかかわらず控訴しない、なんともアホな馬鹿麒麟ぶりだった。

その後、廃れてしまった、両親の料理店で日々かわいがりを受けながら更正していったとさ。

めでたしめでたし(全くめでたくないよ!!!)。

それからアントニオ猪木に弟子入りしたとかしないとか… あと相撲でプロレスラーに負けたらしいよ。

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