神戸電鉄有馬線

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神戸電鉄有馬線(こうべでんてつありません)は、神戸電鉄が営業している法規上仕方なく鉄道路線とされている斜行エレベータである。

略称は「ない」であり、別名として「ございません」などが存在する。首相が変わり「ありません。ございません。」などと答弁されるごとに「え、神鉄のこと?あの路線って無くなってしもうたん?」と沿線住民の誤解を招いている。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):ありません
  • 軌間:1067mm
  • のりば:1~17階(5階・16階フロアは「ありません」)
  • 閉塞方式:「ありません」

概要[編集]

神戸市湊川と地上17階にある展望温泉の有馬温泉を結ぶ世界最大のエレベータであり、ギネス記録を保有している。 しかし、親分である阪急電鉄の名で登録されているため、神鉄としては威張れない。

リニア駆動エレベータとほぼ語呂が同じリアル軌道エレベータとして近年注目を集めているが、NASA等からの技術提供の要請は現在のところ、「ありません」。 これは、ギャグでは「ありません」し、笑わせるつもりも「ありません」。 そのため、わざわざ執筆してしまった意味も「ありません」が、謝る気は「ありません」。

兄弟?仲間?ライバル?に志摩線(しません)がいる。

運行形態[編集]

有馬線の起点は湊川乗り場だが、全機が地下1階(新開地乗り場)を発着する。地下部分は神戸高速鉄道の所有だが、地下1階まで行かなければ鉄道路線との乗り換えが不便なため、神鉄が特別に便宜を図っているものである。

6階(鈴蘭台乗り場)で粟生方面斜行エレベータ、15階(有馬口乗り場)で三田方面斜行エレベータと接続している。

朝夕は地下1階-17階間の直通運転があるが、それ以外は基本的に15階-17階間は折り返し運転を行っている。

沿線[編集]

沿線は岳と住宅地が占めている。また、沿線には阪急共栄ストアがあったり、新阪急ホテルができたり、阪急バスが走るなど、阪急王国の重要な税収源である。[テストに出るよ!]

終点である有馬温泉は日本を代表する名湯であり、阪急王国の重要施設であり、豊臣秀吉と阪急王国軍の療養所となっている。また、大阪梅田へは阪急高速バスがびゅんびゅん運行されている。もともと、親分が箕面との間に電車を走らせる計画があったが、「まあ、宝塚止まりで十分やな。」ということで計画はポイされた。

鈴蘭台は都会の雑踏から六甲山で断絶され、鈴蘭のお花畑が広がる感じの閑静な場所で、クーラーをかけるとでも涼しく、は石油ストーブを炊いても寒すぎるので関西軽井沢と言われている。軽井沢は東京人にとって単なる夏だけの避暑地に過ぎないと言っても過言ではないと思うが、神戸っ子にとっての鈴蘭台はそうではない。保養のため、毎晩のように鈴蘭台の地を訪れる神戸っ子が後を絶たない。そのため新開地から鈴蘭台へ向かう夕方の電車は、4両編成で約5分ごとに運行されているにも関わらず通勤ラッシュのように混雑する。

山の街周辺は名の通りであるが、何故わざわざ駅名としたのかは、小林一三にも卑弥呼にも分からない。基本的に沿線はどこでも山の中を切り開いて造成された「山の街」であるため、現在「神鉄線全駅名『山の街』化計画」が好評進行中である。

谷上は、どう考えても六甲山系と丹生山系の谷間というか谷下にある。北神急行新幹線新神戸駅から長いトンネルを抜けてやって来る。ひと駅しかないので全列車各駅停車だが、急行と言われている。

花山付近は、昔はきっと草花でいっぱいの山だったのだろう。今駅の近くから小さな斜行エレベータで昇る山の上は、UR団地の山になっている。花山というより、団地山の方が実態に合っていると思う。花山団地でも畳は京間より大分ちっさい団地間で四畳半とか6畳の間とか作ってあるが、関西人には狭すぎて不評だったので、二部屋をひっつけてひと部屋にして貸出されている。南側が六甲山で太陽の光が大分遮られている気がするので、何か寒い感じがする。

大池駅の近くにはその名の通り山の中に大きな池があって感じが良かったのに、今は埋め立てられてスーパーと広い駐車場になっている。駅名も近々マックスバリュー駅に変更の予定である。

神鉄六甲周辺には、派手な迷子センターが数え切れないほど存在する。これらは、阪急六甲駅との勘違いによって迷子になるおバカさん達が休憩できるように、自民党政権下の日本政府が約180億円をかけて建設したものである。しかし利用者はそういうことが好きな一部の人間に過ぎず、民進党税金の無駄遣いとして仕分けするなど問題視されている。

唐櫃台は、大昔の人が将来子孫が困った時のために、の鶏像を当時唐櫃と言われたスーツケースにしまって埋めておいた棚田の台地だったらしい。昭和40年代、住宅が無くて困っていた人が多かった神戸市民と、お客さんを増やしたくて困っていた神戸電鉄と、できたのが遅くなかなか3大商社に入れずに困っていた大手総合商社が手を組んで住宅地を造成し、駅が誕生した。金の鶏像は、商社が発注した業者のブルドーザーで棚田をほじくり返したにも関わらず、見つからなかったことになっている。その後その商社は、みごと日本3大商社の仲間入りを果たしている。

新有馬は、新大阪新神戸の対義語とも言うべき有様であり、営業末期には一日乗降客数0人という偉業を成し遂げている。ちなみに、新幹線は走って来ない。

経営状況[編集]

沿線には並行するようにバスが走っており、所要時間は有馬線よりも長くありません。運賃も有馬線よりも高くありませんので乗客をそちらに取られ、困った状態である。乗客が減る→採算が合わない→運賃を上げる→乗客が減る…をエンドレスに繰り返しており、神鉄としては夏休みが終わらないことよりも深刻な問題となっている。

その他の「ありません」[編集]

国鉄有馬線
かつて国鉄が営業していた鉄道路線である。福知山線に接続する盲腸線であり、三田駅-有馬駅間を結んでいた。線内の折り返し運転が基本であったが、時々大阪駅から直通する列車が存在した。
1913年に有馬鉄道の名で、初めて有馬温泉に乗り入れる鉄道として開業したが、完成と同時に鉄道院が借り上げ、そのまま国有化された。有馬鉄道を奪われた山脇延吉らは、腹いせに頻発運転で駅が多く便利な神有電車を開業させた。従って、神鉄の歴史はここから始まったと言えよう。その後神鉄の方が利便性が圧倒的に高く国鉄線が不利になってしまい、太平洋戦争の時に不要不急路線として休止された。丁度その頃軍隊があった篠山方面へ新線建設が必要になったので、とりあえず国鉄はレールと枕木をはがして篠山へ持っていってしまった。
尚、廃線にするよ、今からするからね、覚悟しといてねといった公的手続きがなく、廃止なのか休止なのかは未だに不明である。篠山線が廃線になった際も、結局レールと枕木は返してもらえなかった。どうやら今度は1970年代以降、福知山線を複線化するのに転用されてしまったらしい。このように国鉄有馬線はJRの誕生により、単に国鉄ありませんになっただけでなく、実際に線路があちこちに何度も移設され、有馬にはもう何もありませんにまで成長をとげた。
箕面有馬電気軌道
もうありませんが、1910年に現在の宝塚本線箕面線を開業させた、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道は、その名の通り、箕面と有馬を結ぶ予定であった。
しかし、温泉側の反対や経済的事情などが重なり、宝塚-有馬温泉間が実現することはなく未成線となった。現在では阪急バスがしばしば走っている。
要するに、真の「ありません」なのである。

関連[編集]

参考文献[編集]

  • 『電鉄コウベの暴走』


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「神戸電鉄有馬線」は、混雑がひどく、両数を増やす案が出ています。両数を増やして下さる協力者を求めています。  (Portal:スタブ)