神学校

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神学校(しんがっこう)とは、多くの人間にとって解決策であるはずのについてを学び、多くの人間へ解決不可能な難題を与えることが多いという、大変にいやらしい学校のことである。 

なお、すべての宗教が幻想であることは21世紀日本社会において、まともな高等教育を受けたものであれば容易に推論するできる事柄であるが、それを突き詰めると全ての現実も夢の中の蝶であり、なおかつ、このページへと行き着くことになってしまうため、このページではあくまで学校について語り、宗教だの集狂だのといった本質っぽいものについては無視するものとする。

概要[編集]

神学校という存在は、その端緒をさかのぼれば紀元前にまで行き着くことになる。学校という話ではなく、それこそ、ナザレのイエスでも聖パウロでも白のサルマンでも、聖人と言われた人々の周りで行われていることは、基本的には青空教室であり、それが大きくなれば寺院、教団という形になっていく。これはどこの宗教でもよくある話である。ただし、そのような教団ともいえる形態から一般的な学校という枠組みを得るのは、宗教の力があまりに強すぎた中世暗黒時代を経て、ルネッサンスにたどり着いてからになる。

神学の成立[編集]

しかし、宗教の力が強い時代、神についての学問は大きく発展を遂げることになる。いわゆる神学という学問は、だいたいにおいてその宗教が出来上がってある程度の権力と結びついた後、ごちゃごちゃとしていく中で、身内同士の争いを経てから完成していく。

学校の成立[編集]

そして、神学校の成立に欠かせないのは、当たり前な話であるが、学校である。そして、教える中身である。なお、中身が宗教系の知識だと、そこは修道院になる。しかし、哲学や人文学といった、神とは関係のない話にキリスト教以外の知識に、もう一つ、人から人へ教えるための技術、すなわち教育におけるカリキュラムというものを混ぜ合わせると、それが学校という枠組みになっていく。これらの学校&学問が歴史上初めて出来上がるのは紀元前のギリシャにおける、いわゆるアカデミアと呼ばれる現在のアカデミーに通じる教育機関が始まりである。ソクラテスプラトンアリストテレスなどが大活躍し、後の学生連中にクソめんどくさい哲学などという学問をもたらし、自己だの存在といったクソめんどくさい難題を世間にぶちまけた始まりが彼らである。しかし、天罰覿面。これが見事にローマ帝国滅亡のドサクサで消滅する。アカデミアも人文学も教育に関する知識なども一切合財まとめて。しかし、残念なことになぜだかイスラム世界ではこの形式の学校と学問が生き延びることになり、中世ヨーロッパがそれを再び取り入れることによって、学校というものがヨーロッパに復活する。

ちなみに、消え去った期間は1000年ほどである。その間、神学は1000年ほど身内同士の争いをしており、もしそこで学問が完成しなかったとしたら、それはそれで問題である。

神学校の成立[編集]

学校、そして教育という存在がイスラム圏からキリスト教世界に広まるきっかけは、イスラム勢力が支配していたイベリア半島、今のスペインポルトガルをキリスト教が奪回しようとしたことに始まる。そこから様々な知識や技術がキリスト教にもたらされる中に、イスラム世界にある優秀な人材を定期的に供給する学校とよばれる施設や、人文学と呼ばれる宗教とはまったくかかわりのない学問があった。

世界帝国と呼ばれたローマの滅亡から600年が経っていました。

そして、1088年、ヨーロッパ世界にボローニャ大学が設立され、ヨーロッパに再び教育が復活すると、徐々にその効果が現れ始め、それから400年たった15世紀、ついにルネッサンスと呼ばれる一大古典回帰運動、すなわち、1000年前にやらかして捨て去った古代の知識の再発掘運動が始まり、ここにおいてよーやく、ヨーロッパは中世暗黒時代から脱却することになる。

それに危機感を覚えたのはキリスト教。一応、大学が再度ヨーロッパにでき始めたときから神学部という形で学問の一形式として大学というものにかかわり続けてきたキリスト教だったけれど、ルネッサンス期になると神の言葉である聖書の内容に間違いを唱えることが大流行してしまい、その消火作業にやっきになっていく。コペルニクス地動説を皮切りに、ケプラーやらガリレオやらティコ・ブラーエやらが学問として神に反する事実を突き詰めて言った結果、何が起こったか。

カトリックの権威の低下によって、プロテスタントが成立。あわせて、宗教対立の結果三十年戦争が勃発。ヨーロッパぐだぐだ。

ここにおいて、ついにカトリック側が本格的に反抗を始める。その端緒となったのが、ザビエルはげで有名なフランシスコ・ザビエルが所属したイエズス会。彼らは創設者であるイグナチオ・デ・ロヨラの元で、再度人文学、プロテスタントへと傾いた世の流れに対抗して、カトリック回帰運動を始めることになる。

そこで重要視されたのがカトリック側の知識。そして、その知識を後世、および新しい信者に伝えるための伝達手段。そして、そのための施設。

はい、神学校の成立です

神学校の意義[編集]

現在、世界中に存在する神学校には、特に発展途上国において貧者に対する教育機関という無視できない存在価値がある。それ以外の存在意義として特に重要なことは、今現在、世の中にある事実をいかにして宗教的に整合性を整えるか、という至上命題について神学校では常に議論し続けていることがあげられる。地動説万有引力相対性理論などの各種大発見を全て神の意思としていかに神学の中で消化し、それを信者に対して付与するか。この作業を行わないことには、実は民主主義資本主義イスラム原理主義ですら宗教の前には存在しえなかったりもする。

神が許したんだからやってもいいよー。ということである。ちなみに、このお墨付きで、奴隷貿易やら虐殺黒人差別植民地支配などの人道的に見て大変まずいことも堂々と行われている。

まぁ、そんなもんである。

神学校の学問[編集]

中世からルネッサンス期にかけて、世の中に新しい知識とそれに伴う社会変化が起こりまくってくる中、神学部にもその影響が及ぶのは仕方のないことである。その結果、プロテスタントができたという話はさっき書いた。それ以外、例えば人間という生物は、現在の医学的蓄積では、生物的な死から逃れ得ない、といったような、そのような厳しい事実から目を背けさせる作用を宗教が担ったことが、その後のふぁんたじい世界に大きな影響を及ぼしていく。長寿のクスリとかエリクサーとかいった、まだしもわからんでもない話が出てくるのは当然として、もちろん、そんな考えをすっ飛ばして不老不死だのなんだの、大変厨二病チックな考えをめぐらせた神学校関係者も多い。

それを文章にして、なおかつ繊細な絵までくっつけて後世に残してしまった神学者がいたってことが問題なのである。

その結果、単なる植物であったマンドラゴラが悲鳴を挙げる化け物に、コカトリスという蛇を殺すだけだった怪物が、Cock(雄鶏)と間違われて雄鶏とトカゲの子供になるなど、たいへんにこうせいのひとびとへいいだいざいをていきょうしました

しまくりました。

神学校が大量に建設されて以降、なぜか錬金術&黒魔術についても大量の研究がなされているのがどうしようもない事実である。

あわせて、キリスト教、イスラム教ともども神学における教科書は聖書、もしくはクルアーンのみ。追加されるとしても、各地の奇跡や聖人といった突発的な事象のみ。後は続々と現れ続ける教科書とは違った事実とその教科書の中身をどうやって整合性を保つかが立派な学問である。ルネッサンス以降、600年続くことになる立派な学問である。

新興宗教[編集]

現代において、もう一つ恐ろしい存在であるのが新興宗教系の学校である。学問は、その宗教の弁証に役立つ限りにおいて有効であるとされるが、基本的には自分たちの疑問、謎についてを考える限りにおいてはまったく無害である。しかし、世の中にはどうしても他者を攻撃したくなる宗教も存在し、鎌倉時代日蓮宗のように、できたばかりの宗教が新しい論法で他宗教とワイワイやっているうちはまだしも、戦国時代一向一揆のように、既存の宗教がクワをかついで本当に他者を攻撃しだすようになると、いろんな意味で目も当てられない

もっとも、新興宗教が、いつもいつも他者の否定に走るのは、実は否定している限りは否定されないという誤まった認識によるものである。その結果、空気読めなくて世俗からガン無視というのは、宗教史においては大変によくある話である。しかし、逆に無視されたことで信者はより信仰に走り、学校、もしくはそれに準じた施設でも、まるで北朝鮮で行われている教育のように正しい自分に間違った世界という、どう考えても世界と自分たちを切り離している教育が行われることになる。

特に、それらが混ざりに混ざった結果といえるのが、いわゆるオウム真理教である。弁証のために科学的な知識を容易に迫害するかと思えば、自分たちの都合のいい科学的知識は大いに利用し、アニメやダンス、果ては選挙まで利用して自らの正当性と他者の攻撃を行いまくった。結果、世間からまるで無視され、それにあせった教祖がいきなり人類社会、日本社会を丸ごと否定、敵とみなして勝手に戦争をおっぱじめることになったわけだが、これは、自分たちを正当化するために他者を攻撃することを突き詰めていけば、そうならざるをえない。ただそれだけの話である

余談[編集]

なお、宗教と世俗は絶ち難く、なおかつ、つなぎ易すぎるものである。特にそれらを立証できるのが、日本において宗教指導者の子供が学校に来る場合、この類の人々は、最終的に自分の親を否定することができないのは当然として、学校という日本の社会において当たり前な義務教育と呼ばれる「権利」を放棄することができない。

オウム真理教の教祖の子供が学校への入学を拒否された際に、宗教は子供達に何もできなかった。結局、入学させてくれる学校が出てきたためなんとかなったのが現実であるが、世俗と切り離して宗教を成立させようとした結果、自分の子供にまで迷惑がかかった、というのが新興宗教の一つの終着点である。もっとも、その結果、自分の親の職業が詐欺師であるということを認めることができるかというと、そんなことはない。世俗の学校に通いつつ、教祖である麻原彰晃の教えは正しいと思わざるをえなかったのが、現実というものである。このような事実から鑑みるに、宗教は宗教、世俗は世俗と考えられないような立場の人とまともで良心的な推論を期待するのはあまりにもリスクが大きい。

体に爆弾巻きつけた人を言葉で説得できますか?

結局のところ、行き着く先はこういう話である。

新新興宗教[編集]

しかし、ある程度の人数を確保した新興宗教には、学校や地方自治体、果ては政党におよぶまで、大きな権力が与えられることも確かである。世俗中の世俗と呼べる話であり、まったく、宗教とは関係ないはずの話であるけれど。そのため、いまだ小さいままの新興宗教では、信仰とはかけ離れた、人数を獲得するゲームとも呼べるような世俗にどっぷりとはまった連中も多い。仲間のようなふりをして近づき、自分たちのカルト思想に反するものは全て危険思想とみなし、排除、洗脳しようとする。結局のところ、オウムと同じパターンである。しかし、90年代ならいざ知らず、オウム事件から時を経た時代では、またぞろ復活してもおかしくはない話である。そんなときに、最も役立つ機関というのが、実は神学校というのが、現代のあるべき姿でもある。

対新新興宗教に関する神学校のあり方[編集]

新新興宗教における最大の弱点は、歴史の無さ、人の少なさ、積み上げてきた言葉のあるなしに他ならない。「神は存在しています」この自己満足的言説を最終的には否定することができないように、そう信じ込んでいる者と、まともにやりあうのは、精神的な暴力であるが、「えぇ、そうですが、なにか?」と返されたときの二の句三の句のありようが神学校と未経験者を分ける大きな境でもある。結局のところ、神学論争は知識ではなく、体力と精神力。自分の立場を延々と言い続けるだけの話である。相手が根負けするまで適当な持論を言えれば勝利、なのである。そのため、適当な話に相手を空きさせない知識、何よりも宗教に対しての冷めた見方ができるようになるには、神学校という存在がいかに大きいか、という話である。

ちなみに、これらの新興宗教が日本社会からなくなることはありえない。鎌倉時代から現在にかけて、新興宗教が存在しなかった時代がないのが日本の宗教史である。

新新興宗教がカルトだとは誰も言っていない[編集]

結局のところ、宗教という限られた人数の中で育成を専門とした指導者とその生徒が繰り返し繰り返し世俗と密接に関わってクリスマスと正月とお盆とお墓参りを一緒に行う日本という国を作り出しているため、それらの大本である神学校、および神学部、さらには信仰というものは社会の表舞台から簡単に取り去られることはない。

もっとも、こんな話は日本社会成立以前の問題で、近代化の実現には他者の知識に世俗の垢、そして何よりも大幅な人口の増加が必要不可欠であるため、それらの受け皿である宗教はどうしたって欠かせないというだけで、結局のところ、神学校などという生産性の皆無な存在がなければ、実は、新しい文化もその受け皿も存在しやしない、ただそれだけの話である。

最後に[編集]

世界的宗教である某宗教もその最初はどう見てもカルトでしかなかったが、幸運に恵まれた結果、現在の隆盛と、歴史における数多くの悲劇を生み出したわけなので、どんな小さな信仰でもなめてかかったらいけない。ちゃんとした知識と経験をもってして、選挙に大量に出馬させてわけのわからない公約を押しなべてなおかつ全員見事に落選するような宗教に名を借りた愚行の数々を、残念そうに笑ってみているのが大切である。

関連項目[編集]