水曜どうでしょう

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革命軍により使用された紋章
革命軍により使用された紋章

水曜どうでしょう(すいよう - )は、1996年より北海道にて勃発した、テレビ番組制作に対する革命運動、革命運動の作戦名称、及びその運動に携わった集団の名称。

目次

[編集] 時代背景

1990年代、日本におけるテレビ業界、特にバラエティ番組における品質の低下は予想以上の勢いで進行していた。お決まりのネタ、いちいちバカみたいにセリフをなぞるスーパー、緊張感の無い編集、そして変わり映えのしない出演者の振る舞い。日本国民の大多数が、大本営放送局が垂れ流すバラエティ番組のプロパガンダに対し飽和感を覚え、さらにインターネットの勃興なども影響した結果、国民はテレビ離れを起こす。しかし、既存の大本営放送局はそれらに対し何の解決策を用意できないまま、似たような番組を放送しつづけるにとどまっていた。

だが、このような大本営放送局の動きに満足しない地方のレジスタンスが存在した。北海道テレビである。北海道テレビは早くから大本営が深夜帯で実験を繰り返していた『お色気路線』『ナンセンス』などの戦闘手法を貪欲に取り入れ、それまで大本営の傀儡政権でしかなかった地方放送局とは一線を画したプロパガンダ戦略を取っていた。しかし、他の傀儡局の攻撃や、特別警察として機能していたPTAの攻撃にあい、その戦力は縮小を余儀なくされる。気がつけば、レジスタンス活動に投入できる時間は、わずか30分のみになっていた。その時…、彼等が現れたのである。

[編集] どうでしょう軍団(構成員)

[編集] にょういずみ

本名不明。コードネーム『スズムシ』または『バカ』。北海学園大学在籍時より学生運動団体『チーム・ナックス』に参加。既存の演劇団体との抵抗活動に身を投じる。その傍ら、北海道テレビのレジスタンス活動に共鳴し、1996年頃に挙行されたテロ活動『モザイクな夜作戦』に参加。自ら特攻隊長『元気くん』として前線に赴いた。現在は革命運動の成果が認められ、北海道民の英雄として絶大な人気を誇っており、『北海道のキラ星』の異名を持つ。痔。

[編集] たっくん

本名不明。コードネーム『ミスター』。1990年代前半よりレジスタンス集団『OOPARTS』を結成。ガラスの破片を使用した攻撃法を武器に武闘派集団として君臨し、北海道内の演劇勢力を掌握していた。OOPARTSを解散後、北海道テレビの活動に参加。軍事参謀として活動の中核を担う。特にモザイクな夜作戦においてその才能を遺憾なく発揮。のちの水曜どうでしょうにおいても参謀に就任する。現在は一線を退いており、現在も継続している水曜どうでしょう作戦においても一歩引いた布陣を敷き、戦地に赴いている。しかし、現在はやる気が少なくなったのか、作戦中に一言も言葉を発しないときがある。

また、何度も敵襲を受け、そのたびに生き地獄を味わったことがある。それらの敵襲は、作戦名にずんだ餅などといった菓子の名前が付けられていたらしい。

[編集] ふじやん

本名不明。コードネーム『ゲンゴロウ』または『ヒゲ』、『』。。水曜どうでしょうのリーダーであり、総司令官を務める。大学を卒業後、すぐに北海道テレビの活動に身を投じる。入団当初は東京へ潜入し、傀儡局、及び大本営局へのスパイ活動を主な任務としていた。北海道に帰還後、たっくんと共にモザイクな夜作戦を開始。しかし、敵方の激しい反撃に遭い、一時撤退を余儀なくされる。だがこの敗戦の経験を元に研究を重ね、うれしーと共に水曜どうでしょう作戦の原型を開発。自ら実戦に投じた。現在も水曜どうでしょう作戦専任の総大将として、戦績を積み上げている。

[編集] うれしー

本名不明。コードネーム『先生』。以前よりフリーランスのレジスタンス活動を行っていたが、そのほとんどが戦況を見極めるための隠密行動だったため、世に知られるものは少ない。その後北海道テレビの活動に共鳴し参加。水曜どうでしょう作戦の重要な活動の一つである「撮影」関連の活動を一手に担う。水曜どうでしょう作戦の原型となるプランを最初に作り上げた人物でもあり、軍団内での信望は厚い。現在も戦場にてカメラを握り締め、どうでしょう作戦専任として活動を続けている。

この他に準構成員として、同作戦の最前線で御旗を振る重要な役どころを務めるヤスケン(コードネーム『onちゃん』)、常識を逸するほどの派手な戦闘服を開発し、作戦を影から支えるコマツ(コードネーム『オヤビン』)などがいる。

[編集] 概要

水曜どうでしょう作戦では、作戦を遂行する構成員4名を「どうでしょう軍団」、支持者を「どうでしょうバカ」「バカ」、同作戦へ資金提供を行う行為を「年貢を納める」、資金提供のため支持者がDVDを購入する行為を「討ち入り」と呼称する。

また、水曜どうでしょうの一連の作戦活動は、以下のような特徴を持つ。

  • 大胆、かつスピード感・テンポを重視したカット編集
  • どうでしょう口調と呼ばれる、独特の符丁、合いの手
  • にょういずみとたっくんの2名が出演者ながら、ふじやん、うれしーも声で画面に登場する。場合によってはふじやんの手まで見切れ、時には完全に映り混む。(テレビ番組不文律の破壊その1
  • 無駄に力の入ったテロップ
  • グダグダなトーク
  • 主ににょういずみとふじやんとの間で交わされるケンカ
  • 破天荒、かつその場その時でゲリラ的に変わる番組展開
  • 地方のレジスタンス活動レベルの規模であるにも関わらず、世界各国へ旅に出てしまうダイナミズム
  • 映像が無いときはテロップでどうにかしてしまう大胆さ(テレビ番組不文律の破壊その2
  • 一つの作戦行動が何週に渡って決行されるか構成員にもわからないといういきあたりばったり感(テレビ番組不文律の破壊その3

また、同作戦では北海道本土での行動と平行して、日本全国を対象としたDVD販売によるプロパガンダ活動を行っている。

[編集] 撮影

水曜どうでしょうでは、作戦における重要な役割を果たす撮影活動において、以下のような特徴・手法がある。

  • MiniDVテープをメディアとするデジタルビデオカメラで撮影する。BetaCAMなんてもっての他。だってデカいもの。
  • 延々と風景を撮影する。出演者がしゃべってもいちいち話者の方へパンしない。
  • 半民生用のカメラを使用していることにより、レンズの効果で映像が「魚眼」っぽくなっているが、気にしない。
  • ふじやんの「拳」や『はい、キュー!』による「手」の見切れにも動じない。
  • 状況に応じて、出演者であるにょういずみやたっくんにカメラ撮影を任せる場合がある。

このような手法は、専任構成員であるうれしーによって開発された。影響の項目でも述べる他地方におけるレジスタンス活動でも同手法の一部が採用されている。また、2000年頃に決行された作戦『四国R-14』では、

  • 照明は一般で販売されているライトや蛍光灯(もちろん全て構成員の私物)。
  • 地面と平行移動する映像の撮影は一般の台車やおもちゃの車で代用(大本営ではドリーと呼ばれる専用の台車を使う)。

などの手法が採用されている。

[編集] どうでしょう口調

水曜どうでしょう作戦の大きな特徴の一つとして挙げられるのが、作戦独自の符丁である「どうでしょう口調」である。作戦中に構成員がこの符丁を繰り返し喧伝し、支持者への浸透を図った。この符丁により、支持者・構成員の士気を高め、どうでしょう軍団への求心力・カリスマ性を高める効果を得たとされている。主な符丁は以下のとおり。

  • それ魅力
  • おい、パイ食わねえかあ
  • じゃじゃじゃじゃじゃあ(亜流として、もももももももももう)
  • ビシッ、バキッ
  • カチッ
  • なまら怖かったよ
  • バカ言うな
  • ~しなさいよ、~すればいいじゃないの

また、このどうでしょう口調の中でも支持者から最も熱狂的に愛用された「一生どうでしょうします」は、同作戦の統一スローガンとしても使用されている。

[編集] 来歴

同作戦は1996年より活動を開始した。当初は作戦自体の弱小な側面が災いし、さほどの戦績を得られなかったが、1998年頃になって活動に共鳴する大量の支持者が発生、急激にその支配地域を拡大した。さらに、北海道のみならず日本全国からも支持者が現れるようになり、北海道の国土約18%以上を掌握するに至った。以下、現在までの簡単な来歴について述べる。

  • 1999年 北海道テレビから功績が認められ、同局におけるレジスタンス運動の中心に位置づけられた。同年12月15日には全軍一斉活動(作戦名『ゴールデンスペシャル』)を決行。
  • 2000年 たっくんが独自のレジスタンス作戦『man-hole』を決行するため、戦線を離脱。 その間残された3名は、学生運動団体から発展し、レジスタンスとして同作戦に帯同していた『チーム・ナックス』と共に奇襲作戦『四国R-14』を決行。 また、鳥取砂丘を持ち帰るという略取活動を行う。
  • 2002年 軍法会議において統一スローガン「一生どうでしょうします」を採択し、表上における作戦の終了を宣言。しかし、これは既存の傀儡局、大本営に対する情報かく乱作戦であった。当初9月4日を終戦、及び停戦協定締結日としていたが、同軍団は当時決行していた作戦『原付ベトナム縦断』の継続を突如発表し、敵方のみならず大多数の支持者をも煙に巻いた。この時にょういずみが、後世に残る名言「さすがはどうでしょう軍団、支持者をも騙す!」を残す。
  • 2003年 DVD販売によるプロパガンダ活動を開始。また10月より、陽動作戦『蟹頭十郎太』を『四国R-14』のメンバーにて決行。
  • 2004年 『原付ベトナム縦断』以降、沈黙していた同軍団が大規模作戦『ジャングル・リベンジ』を決行。水曜どうでしょうが未だ活動中であることを全国に知らしめる。これにより、それまで同軍団を完全に黙殺していた大本営テレビ朝日が水曜どうでしょうとの同盟締結を打診し、『ジャングル・リベンジ』にて部分的ながら合同での派兵活動を展開した。しかし、この作戦の後に双方の交渉は決裂するも、2007年になりようやく和解へ向けての交渉を行った。
  • 2005年 実に2年ぶりの遠征作戦となる大規模作戦『牛追い祭り』を敢行するとジャングル・リベンジ終了後にアナウンスするが、それはまたしても大本営に対する情報かく乱作戦であった。当初スペインへの遠征を行うと見せかけながら、実際は初の沖縄遠征であり、作戦名も『激闘!西表島』に変更された。10月に北海道テレビが水曜どうでしょう作戦の一環として、北海道支持者一斉決起集会『UNITE2005』を決行。北海道内外から45,000人もの支持者を動員した。
  • 2007年 2006年に挙行されると思われていた大規模作戦は当初の予測をあざ笑うかのように2007年に敢行。作戦名も『ヨーロッパ20ヶ国完全制覇完結篇』と正式に公表された。2004年の項にも記したとおり、大本営であるテレビ朝日との和解交渉が再開され、その結果、関東地域限定という条件ながら2度目の合同派兵が実現した。一方、2000年の活動において行われた略取活動の不当性を訴えた怪文書が広範囲に出回り、結果、大日本帝国環境省より非難声明が発表される騒動が発生している。

日本全国における現在の支持者数は10万人を有に超えると言われている。また、現時点において北海道の国土を15%あまり掌握している。

[編集] 影響

水曜どうでしょうが行った一連の作戦により、地方を舞台とした革命運動が連鎖的に発生し、その運動は全国へと波及していった。このことから一般的に、この一連の運動を『1996どうでしょう革命』と呼ぶ。また、水曜どうでしょう軍団の4名は同作戦の他にも様々な作戦や戦闘に参加し、その名を轟かせていった。

[編集] 大本営の動向

現時点で直接の大本営局であるテレビ朝日はこの作戦をほぼ完全に黙殺しているが、にょういずみの人気に着目した他の大本営局であるフジテレビ日本テレビがにょういずみとの会談を実現させ、同局が展開する定期派兵活動に従軍させるなど、その影響力は確実に日本全土に広がっている。

[編集] 他地方レジスタンスへの波及

水曜どうでしょうの一連の作戦は、同活動の特異な戦術、及びその多大なる戦果に影響を受けた他地方のレジスタンスが各地で一斉に蜂起するという相乗効果をもたらした。主なレジスタンス運動にCBCテレビのノブナガ作戦、秋田朝日放送のぷぁぷぁ金星作戦、tvkのsaku saku作戦、日本海テレビのDoubt!作戦、毎日放送のロケみつ作戦などがある。その多くは水曜どうでしょうの作戦プランを劣化コピーした程度のものに過ぎず、芳しい成果を得るにはいたらなかったが、その中でノブナガは既に大阪方面で大きな戦果を挙げていた大規模な民兵集団『吉本興業』の懐柔に成功し、saku sakuは水曜どうでしょう作戦展開以前より活動していた実戦経験値の高さと、リーダーである白井ヴィンセント(当初は増田ジゴロウと名乗っていた。コードネーム『黒幕』)の活躍により、一定の戦果を挙げている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部サイト