オタクを導くコミケの女神

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オタクを導くコミケの女神(おたくをみちびくこみけのめがみ、原題 La Comiké guidant le otaku, 259×325cm, キャンバス、油絵、アンサイクロメディア財団所蔵)は、ウジェーヌ・ドラクロワによって描かれた絵画。

概要[編集]

主題は「コミケ幕張追放事件」。これはコミケの歴史が深くかかわっている。

時代背景[編集]

オタクを導くコミケの女神

最近、オタク文化が脚光を浴びたことによりコミケの知名度もかなり上昇したが、そもそもコミケは1975年12月21日に東京・虎ノ門の日本消防会館会議室で行われた同人誌即売会まで起源は遡る。その後数十回もの開催を経て転々と開催場所は移動し、9つめの幕張メッセでその事件は起きた。
コミケ第40回開催直前、幕張メッセがいきなり使用不可を申し出たのだ。幕張メッセは警備上の問題だと説明したがWOTAKU達が承知する筈がない。今から移動するのはコミケの完成度が下がるうえ、移転先は全くの未定であったからである。
コミケ最大の危機だ!皆の者、立ち上がれ!とWOTAKU達は立ち上がり、準備中であった看板やコスプレ服のまま暴動を起こした。その様子を描いたのがこの絵画である。ちなみに暴動は5分で駆けつけた警官二人により即座に鎮圧された。

解釈[編集]

絵の中央右に描かれている勇猛な腐女子はコミケの花、つまり象徴であり「危機である今こそ奮い立て」というメタファー(暗喩)を含んでいる。またその腐女子の隣でビラを掲げポスターを背負う男性はウジェーヌ・ドラクロワ自身であるとみられている(ポスター=絵画、ビラ=この絵画を描いたことによる知名度)。勇猛な女性の足元でビデオカメラを握る制服姿の長髪の女性は周りから冷静に眺める人々、つまり我々を指し示すものであるとされる。そしてその後ろに立つ警察官のコスプレをした男性だが、これは後に警官によりこの暴動が鎮圧されることを暗示している。
ちなみにあまりにも扇動的であるという理由から今でも幕張メッセでの展示が禁じられている。

矛盾[編集]

上で紹介したコミケ事件が発生したのは1990年、この絵画が描かれたのは1830年である。実に160年もの差が存在するため矛盾だと主張する者もいるが、これは近年アンサイクロメディア財団が行ったX線調査により新事実が明らかとなった。なんと一度この絵画は上から上塗りされたのだ。1830年に描かれた当時の絵はウィキペディアで紹介され、あたかも現在でも紹介している画像のとおりの絵であるかの様に紹介されているが、とんでもない間違いである。公式記録によるとアンサイクロメディア財団は2007年にこの絵画の占有権を得ている。「アンサイクロペディアなどクズだ、彼らの所有する絵画など知ったことではない」といったウィキペディアの姿勢をあからさまに表している一例といって良いだろう。

関連事項[編集]

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