森喜朗古墳

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森喜朗古墳(もりよしろうこふん、しんきろうこふん)とは、国立競技場跡地に建設予定だった墳墓である。

概要[編集]

もともとは東京都新宿区霞ヶ丘町10番1号他にある国立競技場跡地を中心とした土地(一部が都営霞ヶ丘アパートの土地にはみ出ている)に3000億円超の予算をかけて建設予定であったが、「森喜朗は(医学的には)まだ生きてる」・「むしろ下村博文古墳だろう」・「いや安藤忠雄古墳だ」・「永井一正が押しメンをしている佐野研二郎とかいう新鋭デザイナーを呼べ」などといった指摘が相次ぎ、急遽計画が見直しになったその光景はまさに「大事な時に必ず転ぶ」ということであろう。

本人が生前好んでいたアワビの形を模し、図書室や森の功績を讃える博物館なども併設、内部が濡れないようにと開閉式の屋根もつけるという壮大な構想だったが、消費税増税により建設費が上がり作れないという全盛期のドリフターズのような事態となり、しまいに野党議員から「日本二番の古墳じゃだめなんですか」と追及され見直しに追い込まれ、計画は蜃気楼になってしまった。

形状[編集]

古代エジプトピラミッドに匹敵するデザインが求められたコンペティションでは、メソポタミア文明の血を受け継ぐイラクの画期的提案が厳正な審議の末に採用された。

オリンピックという世界最高の晴れ舞台に合わせて、一般的な陸上競技場に近い方墳ではなく、古墳として王道の前方後円墳として計画された。ただし、陸上競技に用いるのは後円の部分のみで、前方の部分は森喜朗氏の大学時代の思い出に合わせてラグビー専用となる予定だった。2019年のラグビーW杯が最高のこけら落としで、翌年の五輪では後円ですべてのイベントを展開させる計画だった。目玉となる五輪のパフォーマンスは、自民党の代議士一同が集合しての大ゴルフ大会だった。

観客席の部分も古墳らしく、選手たちを上から見下ろすのでなく、下から見上げるようになっていた。更に、古墳の地下部分は世界中のラグビー選手の遺品が眠る石室の殿堂となる予定だった。

ロゴ[編集]

この古墳を巡ってはロゴを作成する動きが見られた。2015年7月に佐野研二郎氏が作成した「故人を偲ぶ喪章をイメージして作った」というものが採用されたものの、ネトウヨらが「森氏は生きている」と激怒し、国会議事堂前で12万人を動員する大規模デモが行われ、こちらも撤回・見直しに追い込まれた。

関連項目[編集]