曖昧

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おしらせ
ゲシュタルト崩壊の危険性
この記事はゲシュタルト崩壊を起こす可能性があります!遺伝子工学の権威、ひよこ陛下殿が身をもって確認しました!!
目に自信がない方、見るのを止めといたがいいとのことです!!!でも、意外に耐えられることが多いそうなので、見てみなさい、とのことでした。

曖昧(あいまい)とは、ロゴスに対する反ロゴス的な、追求することで更に遠方へと遠退く、弁論上の逃げ水であると言ってもあながち間違いではない。

概要[編集]

曖昧性は、理知的な物を追及していく過程で必ず衝突する障害物であり、思考上のアトムである。このアトムはそれ以上細分化できないという仮想上の存在であるが、実質的に理知的な解析は後の研究で更に追究が可能となる事から、故に曖昧は後の研究で更に解析され追及され、その前進した幅が学問と呼ばれる分野である。

曖昧であることはそれが何物かであるかが詳しく知られていないということであり、そこには研究する余地が存在するが、それを解析することで更なる曖昧性が発生し、その曖昧性を無くすべく更に研究する事で、次なる曖昧性を含む存在があることが明らかとなる。

この曖昧性の解析によって曖昧であることを止めた存在は既に既知であることから顧みられないことも多いが、これを更に調査することで、この中にも曖昧性を発見することが可能である。このため既知の存在の中にも常に曖昧が存在しており、我々は常に曖昧の中にその存在を見出そうとしている。

これと同時に我々人間知覚できる範疇にはおのずと限界が存在し、その分析能を超える存在は曖昧である。例えばこれはかつて我々が腐敗という現象が細菌によって発生することを、顕微鏡を持たなかったために理解することができなかった事を考えると判り易いだろう。このように人間という存在ゆえの限界が曖昧を生む。

この人間の能力的な限界に伴う曖昧性は、優れた分析装置を開発し利用することで克服できるが、これによって観測できた事象の先はやはり曖昧である。故に曖昧性が遠退いただけで、依然として曖昧な事象は存在する。

次いで言えば、観測者である我々人間は、まず自分自身が現象を正しく理解しているかどうかがそもそも曖昧である。自身の正気は自分では測定できないため、曖昧性をある事象で排除できたと信じていることこそが、そもそも妄想を含んで曖昧である可能性も暗に存在し、この自身の精神が正常かどうかを払拭しないままでは検証もままならないので、やはり曖昧である。

このため人間にとっては全てが曖昧であるとしか言いようが無く、また曖昧曖昧のみを持って説明することが出来ない。というか、筆者も曖昧がどんなものか知らない。

長さ[編集]

3センチらしいが、そりゃぷにってことかい?ちょ…

関連項目[編集]

Wikipedia
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