日本の安全神話

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日本の安全神話(にほんのあんぜんしんわ)とは、有史以前の日本が、いかに民度が高く安全で、世界一の産業立国だったかを讃える、飛鳥時代から奈良時代にかけて成立した文書。

概要[編集]

天地創造、日本社会の成立から飛鳥時代に至る日本の歴史を伝える「古事記」と、美しい国日本の全国各地の風俗や産業などを紹介する「日本書紀」に分かれている。

高度な技術と几帳面な国民性により成立した日本の安全な社会につき、数多くの事例を示し紹介されており、日本を訪れる外国人観光客にもわかりやすく子供でも理解しやすいと労働安全管理などの関係者から好評である。

編纂[編集]

編纂は、8世紀半ばに開始された。蘇我氏の滅亡時に一部が損壊した天皇記などの古文書や、主に当時の労部省に集められた各地の事績をまとめて稗田阿礼(ひえだアレー)に保存し、各地の開発者や労働局などから寄せられる安全性に関する情報や、警察の実況見分資料、運輸安全委員会などによる報告書を収集し、和銅5年(712年)に太安万侶らによって完成された。

現代では、朝日新聞社や毎日新聞社、赤旗などの新聞社と、原子力安全・保安院や鉄道航空事故調査委員会などが適当に安全神話を編纂している。

あらすじ[編集]

安全神話は上中下に分かれて刊行された。上巻は神代の事績を扱う。中巻では15代天皇までの事績が記され、下巻では以後から飛鳥時代に至る事例がまとめられている。

災害は偶然の産物ではありません。災害に至る、何らかの連鎖的な出来事があったはずです。大惨事はなぜ起きてしまったのか、その答えは、この衝撃の瞬間に隠されています。

上巻[編集]

天つ神の監督により天地開闢の作業が進められている。伊弉諾、伊弉冉夫妻は日本の国土建設に関わる業務を担当することになったが、先任の担当者が逃亡したため現場は混乱しており、工期は大幅に遅延していた。伊弉諾、伊弉冉は、コンクリートを型枠に流し込む際に時間がかかるため工期に間に合わないと考え、セメントに規定量の倍の水を入れ、天沼矛で昭和のゼネコン並みに混沌としたシャブコンをかき混ぜて型枠に流し込み、大地の基礎を作り上げた。その後の日本国内における地震被害や、火山災害の多さはよく知られており、九州地方の縄文時代の歴史がなぜか皆無であることなどとも関連が指摘されている。

高天原では国道24号線の改良工事が進められ、長大な須佐大橋が完成しました。風速計はありませんでしたが、その後、二輪車が頻繁に転倒することから設置されました。人口の少ない地域ゆえ、国道は格好のサーキットと化しています。乱暴者として知られる素戔嗚尊は、今日も一般車を蹴散らすように制限速度40キロの国道を160キロで走行しています。低気圧が接近し風速30mの横風が吹く国道を、問題の橋にさしかかりました。風速計は錆びて実際の風速を示しておらず、担当者も交通規制を行いませんでした。素戔嗚尊のベンツを避けようとしたバイクが横風に煽られ、破損していた欄干を越えて落下、織物工場を直撃しました。天照大神は怒り狂い、愛用のバスターランチャーを乱射して九州地方は壊滅、そのまま天岩戸に監禁されました。

地上勤務を命じられた素戔嗚尊は、復興工事が終わった高千穂に降り立ち、各地を視察しています。ある川までくると、大雨で増水した川の上流から、橋が流れてくるのを発見しました。この橋は開通してから1ヶ月しか建ってしませんでしたが、日本の誇る最新技術で作られており、当時は落橋するほどの降水量や水位でもありませんでした。また橋桁の構造を考えると、水に浮かぶとは考えられないはずです。素戔嗚尊は、流れてくる橋に近づき、コンクリートの割れ目から、作業員が飲んだ飲料の空き瓶や廃材、空のドラム缶などが突き出していること、鉄筋の数が規定量の1/3しかないことを発見しました。

中巻[編集]

日本の統治者として赴任するニニギノミコトは、レバノン料理に舌鼓を打っています。その日の高天原は、よく晴れた、風もない穏やかな日でした。出発前に機体をきれいに洗い清めるため、防水用のダクトテープが各箇所に貼られています。作業が終了し、式典が開かれます。「美しい日本にふさわしい、美しい機体でした。本当に、あの機体は完璧なように見えました」口々に、ニニギノミコトを見送った地上スタッフは述べていました。19L滑走路から定刻通り離陸、機体には全く問題がないように見えました。主翼前縁にがあいていることを、運行乗務員も、地上整備士も、知るすべはありませんでした。しかし、離陸直後に撮影された映像には、その後の悲劇を示す決定的な証拠が残されていました。これは実話であり、公式記録、専門家の分析、関係者の証言を元に構成しています。

神武天皇の建造が豊玉工場で進んでいます。レーザー加工機を使用して装甲を切断加工する工程があり、装甲はその後に表面処理を行ってから機体各所に設置する予定です。レーザー装置作動中の加工室は立入禁止となりますが、その日は、使用中の表示ランプが球切れとなっていました。加工室の扉には、開閉センサーやインターロックが設置されていませんでした。クラス4レーザーを使用するレーザー溶断機は、反射光でも人体に有害なレベルの高エネルギーを出力します。山幸彦は加工室の扉をうっかり開けてしまい、全治6週間のやけどを負い、左眼には重症の視力障害が残りました。

戦艦大和武尊は現在の広島県、呉の柱島沖に停泊しています。東北地方では内乱が続いており、近く、この艦も出動を予定しておりました。昼頃、付近の台船で作業をしている作業員は、第三砲塔から煙が立ち上っているのを見かけました。直後に、突然爆発が起こり艦は真っ二つに割れ、乗員が天高く吹き飛ばされるのを目撃します。艦は2分30秒で転覆し第三艦橋をあらわにして瀬戸内海に艦尾部分を晒しており、救助船が殺到しました。第三艦橋は水密構造で爆発現場からも遠く、持ち場にいた乗員全員が救助されました。16時間後に艦尾部分も沈没し、その後、引き揚げは断念されました。沈没寸前に、艦長は白鳥と化し、艦首になぜかあいていた大穴から飛び去ったと言われています。艦長は、のちのアレキサンダー大王、ギリシャ風に言うとイスカンダル、という異説もありますが、羊焼き肉の発明者として知られる源義経と同様に、真偽は不明とされています。

下巻[編集]

継体天皇は今日も、御所から政庁のある大内裏へ出勤するため、愛用の黒塗りの高級車に乗り、国道24号線を北に向かっています。大和郡山では、右折待ちをしているボンゴフレンディが交差点で車の切れ目を探していました。その日は某オンラインゲームでイベントが行われており、継体天皇も参加していました。運転手が熱を出したため、今日は天皇自らがセンチュリーを運転しています。道路は北に向けて緩やかな下り坂となっており、知らず知らずスピードが出すぎる場所でした。西側の横断歩道では、通学途中の小学生が列を作って信号が変わるのを待っています。天皇はゲームに気を取られ、前をよく見ていません。一方、対向車のボンゴフレンディの運転者も、サッカーの試合を一晩中見ていたため、頭がぼんやりとしていました。天皇は「スマホのゲームの攻撃ボタンを押した瞬間、車がなぜか左に押しやられる感じがあり、気づいたらぶつかっていた。小学生の列が迫ってきたが止まれなかった」と述べており、最上級国民より上の立場のため、報道されずもみ消される方針。右折車が悪いわけだし。

仲哀天皇は人気ロックギタリストから選出され就任しましたが、即位後もたびたびライブ活動を行っています。深刻な国際問題があるなかでの音楽外交努力は、国民にも篤く信任されていました。今日も「神の冒涜はロックだぜー!」とステージに立ち演奏しています。電源機器のアース端子は錆びており通電不良でした。漏電遮断機は接点が溶着していましたが、整備記録では正常と書かれていました。スピーカーには、無名時代から天皇が愛用していた自作のアンプが接続されています。この日の奈良県内は、前線を低気圧が刺激し、急速に天候が悪化し1時間に30ミリの豪雨が聴衆と演者を包み込みます。そして公演が最高潮に達した瞬間、直流1500VのB電流がギターに逆流しました。仲哀天皇の崩御後、周りの人々はひどく恐れ、日本中でお祓いと老朽化した音響設備の点検が進められます。

関連項目[編集]