墾田永年私財法

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墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)とは、農作物が育たない土地を開墾すると国からその土地を貰えるということを定めた法律である。

開墾予定地

成立まで[編集]

墾田永年私財法(以降、本法)が成立する約90年前に班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)が制定された。この法律は「百姓の土地は国のもの育てた作物も国のもの」と定めていたが、怠ける農民が多かったために、三世一身法(さんぜいっしんのほう)が新たに制定された(本法成立の20年前)。これは開墾された土地は孫の代まで所有が許されたものだった。ところが、やはり農民は怠けてしまったことから、本法が成立した。

内容[編集]

原文[編集]

勅。如聞。墾田拠養老七年格。限満之後、依例収穫。由是農夫怠倦、開地復荒。自今以後、任為私財無論三世一身。悉咸永年莫取。其国司在任之日。墾田一依前格。但人為開田占地者。先就国有司申請。然後開之。不得回並申請百姓有妨之地。若受地之後至于三年。本主不開者、聴他人開墾。

  天平十五年五月廿七日

現代語訳[編集]

聖武天皇が)命令する。これまで墾田の取扱いは三世一身法(養老7年格)に基づき、期限が到来した後は収公していた。しかし、そのために農民は怠け、開墾した土地が再び荒れることとなった。今後は三世一身に関係なく、全ての場合において、永年にわたり私財としてよいこととする。国司の在任中における申請手続きは、三世一身法に準ずるものとする。ただし、耕地を開墾してその土地を占有しようとする者は、まず国に申請すること。その後に開拓を認める。また、百姓に妨げのある土地の場合は、占有の申請は認めない。もし許可を受けて3年経っても開墾しない場合は、他の者へ開墾を許可してもよいこととする。

  天平15年5月27日

頭の固い事典』より

要約[編集]

開墾した土地は百姓のもの。育てた作物は国のもの。

焼畑農業
ミカン畑へ開墾済みの土地

制定後[編集]

この法律が制定されてから、さまざまな場所で開墾が行われ国に支払われる年貢が飛躍的に増加した。いくつか例を示す。

  1. 都会に建ち並ぶビルマンションの屋上は、元々作物が育つ環境では無かったが、どうにか作物を育て、得た作物を国に納める。これにより、大都会の一等地を破格の安さで手に入れることができるようになった。
  2. 近所の空き家と化したゴミ屋敷に火を放ち、作物を育てるために開墾した(焼畑農業・写真右上)。これにより、この土地を自分のものとすることに成功した。また、現代でも焼畑農業を行っている宮崎県椎葉村は、2010年にくまモン県水上村の土地を約1km2収用することにも成功した[1]
  3. 高速道路上では作物が育たないことに着目した修羅の国のミカン農家が、建設完了直前の高速道路上の土地を耕してミカン畑にした(写真右下)。しかし、先述の「国に申請する」手続きを怠っていた疑いがあり、現在ミカン農家と国との間で裁判が繰り広げられている。

関連項目[編集]