北関東の厳しい大自然

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北関東の厳しい大自然(きたかんとうのきびしいだいしぜん)とは、助川袋田日光那須、水上や草津温泉と、茨城県栃木県群馬県関東地方北部に特有の、トウホグの厳しい大自然に匹敵、総合的にはこれを凌ぐ後天的環境要因である。

概要[編集]

「気候は限りなく東北に近い関東地方」
北関東の厳しい大自然 について、栃木県立宇都宮南高等学校生徒(17)

北関東は確かに東北地方の南隣であり、関東地方に属する、気候的には東北よりほんの少しだけマシな地域である。ところが、これこそが北関東を東北よりはるかに暮らしにくくしている要因である。これが種々の慣習や規則を作り活動する人類に幾多の悲劇をもたらしている。つまり、文化的なところが主であるが、これが侮れるものではない。

地理的条件・自然環境からの厳しさ[編集]

北関東の気候は東北より少しだけマシと前述した。東北とほぼ同じであることを根拠にしてそこに住む人間の心構えも高いが、少しだけマシであるが故に社会秩序は東北ほど徹底されていない。

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群馬県は夏には最高気温56℃は普通。

もはや熊谷館林伊勢崎はテレビでおなじみの地名だ。沖縄よりも九州よりも暑い県が、「グンタマ」と揶揄される群馬県埼玉県だ。その暑さは殺人的である。桜が散るとジワジワと気温の上昇が始まり、耐え難くなる。呼吸すると熱気により気持ちが悪い。十一月まで温暖で、十月でも半袖半ズボンの人間を見る時がある。はっきり言ってここに住むと季節感覚が狂うので注意したい。時折、年中温暖で住みやすいでしょという人がいるが冗談じゃない話だ。ちなみに冬は冬で凍え、体感温度はかの豪雪地帯の東北より低い。

特に群馬県や栃木県の山間部は、夏には雷も頻繁に発生するため、雷アレルギーには冷たい地域である。

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北関東は豪雪地帯というほどではないが、それでも雪が積もらない年など無い。しかしここは関東であり、民放は東京キー局であり、雑誌・図書の発売日は東京と同じであり、道路にスプリンクラーなど無い。住民のその足が東北ほど雪に順応するはずが無く、毎年歩行者や自転車の転倒が続出し、場合によっては蒟蒻畑に転落する。数の上では東北ほどの雪害による被害者が発生する。スタッドレスタイヤの装着は東北では法的に義務付けられているが、北関東では社会的に必須ではあるが義務では無いため、必然的にスリップによる交通事故も多い。

ところが関東であるため、テレビ東京を視聴可能である。このためkanonファン生息密度が東北地方より明らかに多く、この点公害による喘息の発生率については関東の水準である。

関東平野の北の端[編集]

北端の状況

北関東の大半は関東平野であり、地理上は開放的で、一見東京首都圏とのつながりが深いように見える。しかしその距離は長く、宇都宮高崎から新幹線で東京へ通勤するなどということは、時間的には伊豆県三島からこだまで新丹那トンネルを抜けて東京へ通勤することと同じである。さらに在来線による東京都心部への直通列車も古くより快速ラビット号、現在では湘南新宿ラインとある程度充実しているので、これが人々を安い交通手段へと移行させ、実質的な東京までの移動は、却って碓氷峠を越えた軽井沢からよりも時間がかかるものとなる。又、東京とその近辺はただっ広い関東平野に位置するため、関東平野から外れて山地・盆地・細長い平地に入ると、関東平野住民からは「ここは東北だろ」と呼ばれてしまうのである。

中途半端に降る雪が本格的な除雪機など管内に無いJR在来線東武線の運転を乱し、移動を困難にする。高速道路は入線した時点で東北地方や信越地方からのお上りさんで軒並み渋滞しており、やはり郡山越後湯沢からと心理的には全く変わらない。結局のところ、彼らが東京へ出ることは上京するまで殆ど無い。都会へ買い物に行くというのは、それぞれ水戸や宇都宮や高崎、遠くてもさいたま大宮へ買い物に行くということである。

冷涼な気候[編集]

南端を代表する村の様子

北関東の冬の寒さは、沿岸は浜通り宮城県沿岸部に匹敵し、盆地や山間部は中通りや宮城県内陸部に匹敵する。しかし、霞ヶ関による行政上の区分は関東地方であるので、政府による耐寒基準は湘南木更津館山と同じ扱いである。教育機関の暖房設備は1部屋につきごくごく標準的なガスファンヒーターか東京と同じダイキンエアコン2台だけ。程よい暖かさを満喫できるのは暖房器具よりほんの少しはなれた僅かな者だけで、遠くはなれた3割近い者はシベリアと思えるほどの煉獄、器具に隣接する者はサハラ砂漠かと思えるほどの地獄、その他については四季の変化が激しい日本の寒さ、つまり厳しい寒さである。

冬には、東京で雪が降った時、山に挟まれてる沿岸平地(助川、小名浜、など)は晴れてカラカラに乾燥することはざらであり、朝は放射冷却も発生するために、「寒いだけで何にも無い。つまらない。」と言われてしまうのである。

空っ風[編集]

特に群馬県の気候を語る上で欠かせないのが、冷たく乾いた空っ風、赤城おろしである。向かい風の中を自転車で走るのが群馬県の中高生の青春であり、女の子と並走しながらおしゃべりをするなんてのは夢のまた夢である。また、この空っ風は大量の干し柿と肌がカサカサの人間を生産する。群馬県には美人がいないなどといわれるのは空っ風で肌が荒れていたためで、決して美形の人間は少なくはないはずである。

文化・社会的要因からの厳しさ[編集]

県外との境界

東京に行く機会がほとんど無い彼らは、首都圏では無い関東という一地方の人間である。古くはという語が非東京人のダサさを表す象徴であったが、ここに関東地方である群馬県と栃木県は含まれない。ダサいかどうかという以前に、無視されている。

東北の冬の厳しさは、サントリー元会長唯一人を除けば日本人は皆知っている。ところが北関東の冬の厳しさにピンとくる者は埼玉県東京都の山岳地帯に住む人間しかいない。北関東の人間だけが深く知り得ることである。

そもそも、茨城県・栃木県・群馬県の3県の存在自体が知られていない。野村総合研究所が2000年に全国の若者100人を対象とした調査によると、茨城県・栃木県・群馬県の3県において、関東地方として知っている人間は1割にも満たなかった。3県ともに3割前後が東北地方の県とし、群馬は3名が信越地方(つまり日本海側)の県とした。残りは全員分からないと答えた。

文献[編集]

有史以来久しく北関東のこのような現実については一切の文献が存在しなかった。ところが1990年頃、× ―ペケ―という書物が新井理恵によって執筆されはじめ、1990年代の殆どを栃木県の厳しさについて余すところ無く言及し続けた。小学館によって出版されたこの総勢7巻に及ぶ書物は全て揃えるのに5000円近くを費するが、栃木県の風土記としてのみならず、アーティスト漫画家といった表現者、、そして社会の現実についても生々しく書かれた一級品の資料として認識されている。文中餃子のギの字も出ないことからもこれは明らかで、うすた京介のように信奉する者がいることや、そうでなくても美水かがみ師走冬子に至る一連の流れの端緒として考慮すべきものである。

今後は一刻も早く群馬県に関する資料の発見が待たれるところである。

関連項目[編集]