ムハンマド性戦記

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ムハンマド性戦記とは、イスラームの預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)が、イスラームを広め、預言者の志を継ぐものたちを 育てるためにペニスによるジハード(Jihadu al-binisi)に励まれた偉大なる記録を、8世紀後半のバグダードの法学者、ウージンブ・イブヌ・ウーマンキ・アル・ヤリジーニ(uuzinbu ibnu uumanki al-yalijiini)が編纂し、執筆したものである。

概要[編集]

ムハンマド性戦記の内容は、すでに9世紀には名だたる法学者たちの間で、真正(サヒーフ)であるという合意(イジュマー)が得られており、イスラームにおいて、神のロゴスであるアル・クルアーンに次ぎ、人の記した書物としては最高のものであるとして、事実上の準聖典である。預言者ムハンマドの言行録であるハディースの中で、ブハーリーとムスリムのハディース集は、共に真正集とされ、準聖典であるが、それらの中に見られるムハンマドのセックスに関する描写も、ムハンマド性戦記と完全に一致することからしても、ヤリジーニの記した事柄が真実であることが伺える[1]

抜粋紹介[編集]

以下はムハンマド性戦記の第4巻【アーイシャ伝】のp112からの抜粋である。

・・・・かくして神の預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)は、9歳の麗しい少女アーイシャと結ばれることとなった。その初夜について、ハディースはこう伝える。私、ウージンブ・イブヌ・ウーマンキ・アル・ヤリジーニがウーマンク・イブヌ・マンカースィ・アル・ヤリジーニから聞き、ウーマンクがスライマーヌ・イブヌ・アフマディから聞き、スライマーヌがアーイシャトゥ・ビントゥ・アビー・バクリ自身から聞いたことによれば、
「神の預言者ムハンマド様(神よ、彼の上に平安を与えられますように)が、婚礼を終え、深夜私の寝床に入ってきたとき、私は9歳でした。預言者様は鼻息を荒くされ、『アーイシャ、これから私はお前の処女を奪う。痛いだろうが、これは神の道の為に戦うジハードなのだ。私もそのために努力するのだから、お前も努力しなさい。』とおっしゃられました。
私はムハンマド様に、『はい』とお返事しました。ムハンマド様はいきなり私の衣服を捲り上げると、足を開かせて、いまだ毛に覆われていない秘所をごらんになられました。ムハンマド様は私の秘所を念入りに舐めまわし、私の女の門を守る処女の覆いにまで舌を伸ばされました。やがて準備が整われたムハンマド様は、神のご加護により高らかに屹立した剣を取り出されました。
神に誓って、それは牡馬の剣に勝り、切っ先は黒々として、王者の風格を漂わせていました。
ムハンマド様は、ご自身の剣を私の純潔を守る砦に押し当てると、一気に貫かれました。恥ずかしいことに(おお、神よ、私の弱さをお許しくださいますように)、そのとき私は、余りの痛みに、『預言者様、許してください、こんなもの、入りません!』と、泣き叫びながら懇願したのです。神の道の為に文字通り身を張って奮闘されている預言者様の前で、なんということを言ってしまったことでしょう。しかし預言者様は動じずに、私に痛みに耐えるよう諭されると、一気にその雄雄しい剣で私の乙女の砦を打ち破り、そのまま私の奥へと差し込まれたのでした。
それから、預言者様は激しく腰を振られました。そのとき預言者様は、戦場において偶像崇拝者達と戦うとき以上に、猛々しく勇猛でした。その腰の動きは、千の男達の力に匹敵されました。預言者様の腰が動くたび、私は奥を突かれ、痛みに耐えながら、泣くまいと必死でこらえていました。
やがて数分したでしょうか、預言者様はうめき声を挙げると、そのまま私の奥に、暖かく白い精液を注がれると、荒い息のまま私を抱き寄せ口付けをされたのです。
これが、私達の初体験でした。」と。・・・・・

注記[編集]

  1. ^ ただし、両真正集におけるムハンマドのセックスに関するハディースの伝える内容は、当然ながらペニスによるジハードを重点的に取り上げた、ムハンマド性戦記と比べて非常に少なく、淡白である

関連項目[編集]