騒乱節

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騒乱節(そうらんぶし)とは、かつての学生運動騒乱を美化し、その思想を植え付けるために行われている踊りである。

概要[編集]

安保闘争が盛んだった1960年代東京大学をはじめ各地の大学では連日のように学生がプラカードをもって講堂に押し寄せ、授業もままならないという状態であった。しかしながら、安保問題が一段落した1970年代になると学生運動は急速に縮小し、往時のような賑わいは見られなくなった。このことを嘆いた旧活動家たちは、学生運動を無形文化財として後世に伝えるための方策を模索していた。そんな中、彼らの牙城であった全国の小中学校の教職員組合、いわゆる日教組において、次代を生きる子供たちに闘争の精神を植え付けるべく始められたのが騒乱節の起源であるという。ごの踊りを披露するために運動会と呼ばれる行事が毎年行われており、そこで学生運動全盛期の姿を偲ぶことができる。

しかし、刑法上、騒乱は犯罪行為に当たるため(刑法106条:騒乱罪)、この追求を逃れるために「ソーラン節」とカタカナにしているところが多い。そのため子供たちの大部分が、ソーランが騒乱を意味すると知らないまま踊りに参加させられているのが実情であり、これで闘争の精神を身に付けることができるのか、はなはだ疑問であるという声が上がり始めている。

歌詞[編集]

前述の通り、騒乱節は学生運動に由来する踊りであるため、歌詞の隅々にその精神が散りばめられている。

例えば、冒頭で

やれー、騒乱、騒乱

と騒乱を扇動する第一声を表現しており、また、

にしん来たかと 鴎に問えば わたしゃ立つ鳥 波に聞け

沖の鴎に 潮どき 問えば わたしゃ立つ鳥 波に聞け

の部分の「鴎」とは政治家を、「波」は言うまでもなく大衆の波を指す。国の行末を知っているのは大衆から「浮いた」ところにいる政治家ではなく、大衆自身に他ならず(「波に聞け」)、故に我々大衆の波こそがおおきな津波となって議事堂を押し流し、国の運命を変えなくてははならぬという直接行動の思想を明確に示している。これは、安保闘争時に喧伝された言説(「今こそ国会へ行こう。(中略)北は北海道から、南は九州から、手に1枚の請願書を携えた日本人の群が東京へ集まって、また、その行列が尽きることを知らなかったら、そこに、何物も抗し得ない政治的実力が生れて来る」雑誌『世界』 1960年5月号)とも合致するものである。

現在の動向[編集]

小中学校で既に定着した騒乱節であるが、近年強まっている日教組批判の一環として、「日教組が騒乱節によって子供たちに左翼思想を吹き込んでいる!」という意見が右翼勢力を中心に出始めている。これに対応するため、北海道北教組は、高知のよさこい祭りと騒乱節を強引に結びつけ、外見はあたかも伝統芸能であるかのようにみせかけた「YOSAKOIソーラン」なる派生系を考案した(なぜ高知の祭りを北海道に持ってきたのかは不明)。このYOSAKOIソーランは、左翼偏重で有名な北海道新聞の協賛のもと、学校外でも行われるようになった。最近は特に大きな盛り上がりをみせ、その勢いはかつての学生運動に引けを取らないとまで言われるようになった。が、あまりに大きくなりすぎたため警察や地元市民に目をつけられており、参加者が騒乱罪で逮捕される日も遠くないのではないかと囁かれている。[1]

関連項目[編集]

脚注[編集]