インドア恐怖症

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インドア恐怖症(いんどあきょうふしょう)は中二病などと同じく精神病の一種であり、第二の脳の崩壊、さらには死に繋がる疾患である。日本人の約35%がこれに罹患しており、うち10%が重度であるとされている。少数の例外を除いてアウトドア、会話への依存を伴うことが知られる。通常、精神的には極めて内向的である。

一部で原始時代回帰症候群と同一、またはその一種であるとする説もあるが、厳密に言えばこれは誤りである。その証左として、インドア恐怖症患者の多くは「アウトドア生活」には興味を示すが「本物のアウトドア生活」(所謂サバイバル)に強い嫌悪を抱き、とくに文明を遠く離れた山奥に近づくことはない。

概要[編集]

長時間、「友人」または風俗嬢と会わないと「チョキ」が2つずつ減っていくような奈落、恐怖感を覚えることが本疾患最大の特徴である。その時間は患者によって様々であるが、概ね20時間~50時間程度とされ、これ以上の「孤立」に耐えられるかどうかが患者を見分ける目安となっている。

可能な限り広い人間関係を求める。必然的にそれぞれのつきあいは浅くなる傾向があるが、これがインドア恐怖症に固有のものであるかどうかには異論が多い。友達100人という事象(つまり「友達」と呼ぶ相手が多いこと)を崇拝するが、相手が実際に友達であるかどうかは問わず、むしろ友達という言葉自体を重視している傾向がある。その派生として、芸能人をこの世で最も優れていると信じ、テレビに映ることを人生の誇りと考える。

患者と携帯電話[編集]

携帯電話の呼び出し音に極度に依存し、ひっきりなしに携帯電話で呼び出されないと不安を感じることもこの疾患の特徴である。他人が携帯電話で話していると殺意を覚えもする。ただし、携帯電話の無い時代には四六時中「友達」と同席することを求める現象が見られ、携帯電話が症状を緩和する代替品となっている面も否定できない。

この携帯電話は、インドア恐怖症患者にとって非常に重要なキーワードである。携帯電話が手元にないと強い恐怖心を感じ、携帯電話依存症を併発していると考えることもできるが、これには異論もある。つまり、通常の携帯電話依存症は「手元に携帯電話が無い時に誰かが連絡して来たら大変だ」とする恐怖心が含まれるのに対し、インドア恐怖症患者は携帯電話が無いと社会から断絶されたような恐怖心を覚える。

こうした恐怖心は彼らの心の奥深くに浸透し、行動様式を規定している。このため「携帯電話を持っていない人間はコミュニケーション能力欠如の精神障害者だ」といった妄想に囚われることも多い。

さらにこの派生として、

  • 携帯電話に出ないと激しく怒る
  • メールが来たら5分以内に返信しないと気が済まない
    • このままメールの往復が延々と続く
  • メールに5分以内に返信しないと怒り出す

といった症状も見られ、患者以外からは鬱陶しがられることが多い。

他の症状[編集]

少しでも「友達」を増やすために、誰彼構わず自分と同じ行動をとることを求める(逆に言うと、患者同士であれば行動様式が近いという理由で簡単に「友達」になりやすい)。このため、非患者、特にインドアタイプの人間を激しく嫌悪する傾向がある。

心の不安を補うため、自分たちに理解できない現象、特にインターネットアンサイクロペディアなど、他人と直接接することがない趣味を激しく攻撃する。

この症状を呈する者は、他者との接点は多いが浅く、また隠れた自己嫌悪として淘汰されてしまうことが多い。また男女性関係においては、少しでも「友達」を増やしたいとする貪欲さから慎重さに欠けることが多く、気付いたらカモだったという「正にのび太」というようなポジションに置かれることが多く、精神面、社会的地位だけでなく財産をも食い尽くされる恐れがある。

しばしば見られる現象として、他者に対する安易なレッテル貼りがある。自分の出会った相手が自分にとって都合の良い人間かそうでないかを可能な限り短時間で判断したいとする願望から、相手をいくつかのキーワードのみで評価し、それが「友達」か「敵」かを瞬間的に分類するために行われる。このため容易に差別主義者になりうる。

具体的な症状[編集]

  • 可能な限り会話の回数を増やすため、症状が進むと文章ではなく単語で会話するようになる(重症患者の会話の例:「おれ えもの おいこむ おまえ やっつける むらのおんな こども まってる」)。同時に複雑な会話を嫌い、深くつっこんだテーマを持ち出した相手を「敵」と判断して激しく攻撃する
  • 患者同士で全く同じ行動をとることを望む。この傾向は上記の「レッテル貼り」と結びつき、集団で特定の人種を攻撃することも多い。また「流行」と考えられるもの(その多くは彼ら自身が流行であると信じているだけである)と完全に同一の行動をとることが多い。これは社会的欲求が歪んだ形で発言したと捉えることもできる
  • 社会人の患者同士で会話を行う実験では、約90%の確率で「ある程度親しくなると自分の人間関係を披露・自慢する」という現象が発生する。つまり被験者は相手の話に登場した人物を指差し、「それは自分の○○である」と主張するのである。○○には家族や親族から始まり、姻族、友人、同業者、かつての同業者、隣人、息子・娘の友人、かつての恋人、かつての恋人の親族、かつての隣人、知り合い、と思いつくまま当てはめようとするケースがほとんどである
  • インドア恐怖症患者が社会人となった場合、その多くは職場至上主義者となり家庭を軽んじる傾向がよくみられる。これは学生時代において没頭することができるほどの趣味を得なかったことや、集団生活から離れてしまうことを恐れてできるだけ職場で一日を過ごそうという防衛本能が働いた結果とみられる。この結果をインドア恐怖症患者が認識していた場合は「働き者」「賃金不払い残業の犠牲者」などの社会的な名誉を手にすることができるが、職場が解散した場合のダメージは自殺を引き起こすのに十分な危険性をはらんでいると考えられる
  • 過剰にコミュニケーションを望むという性質上、患者にとっては羞恥心が行動の邪魔となるため、しばしば羞恥心欠乏症を伴う。
  • 「勉強」を嫌悪する傾向にある(一人でコツコツ行う行動であるため)。このため日本の位置が分からない、内閣総理大臣の名前が分からないなどの知識の欠乏を伴う。しかしながら、彼らにとっては「勉強しない」ことは格好良いこととの価値観が形成されていることが多く(自分たちは勉強ができない → 勉強ができないことは格好良い)、無知を誇る場面も見られる
  • 相手を表面的に判断し、それで相手を完全に理解したと信じることが多い。このため、○○コン、○○狂、成金、偽善者、オタク、キモいなどの便利な差別用語を多用する傾向がある。「趣味嗜好が人格を決める」と信じ、自分たちと異なる趣味や嗜好を持つ相手を無条件に差別するなど、極めて異常な行動が見られる

末期症状[編集]

Nemurineko.jpg この節を作成した奴は中身を書く気が無いなんてことだ!
どなたかユーモアとお時間のある方精一杯頑張ってください。
m(_ _)m ごめんなさい(Portal:スタブ)

治療[編集]

現在のところ、有効な治療方法は見つかっていない。また、患者同士が結婚することも多く、その子供も同様の症状を持つことが多く、再生産が繰り返されているのが現状である。

対症療法[編集]

某携帯会社の通話無料サービスを利用した民間療法がある。発症者どうしで携帯電話を通話状態にし、そのまま会話も何もせず放置するという方法で、これにより部屋の中にいてもお互い恐慌状態に陥ることはまずない。この方法は2007年前後から女子中高生を中心に広まり、わが子がインドア恐怖症と知らない親たちは首を傾げるばかりだという。なおこの方法による症状の悪化というケースも見られるため、推奨される方法ではない。

予後[編集]

治療法が無いため予後についての情報は集まっていない。おそらく異常な振る舞いが災いして周囲から孤立し、ついには社会的な死や自殺に至るものと推定されている。この病は治療不可能な恒久的障害であるため、このような末路は不可避である。ご愁傷様。