アルビレックス新潟

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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アルビレックス新潟(- にいがた)とは、新潟市を本拠地とするプロサッカークラブである。

目次

[編集] 概要

Jリーグチームであるが、東北では最大規模を持つプロスポーツチームであり、女子サッカーチーム「アルビレックス新潟レディース」や、シンガポール唯一の日本人サッカーチーム「アルビレックス新潟シンガポール」を領有している。愛称は干潟

別法人として野球チーム(新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ)やバスケットボールチーム(新潟アルビレックスBB)、アルビレックスチアリーダーズ新潟アルビレックスランニングクラブ、スキーやスノボのチームとしてチームアルビレックス新潟が存在するが、新潟市民でもこの増殖にはほとんどついていけないため、この項目では省く。

[編集] 概要

雪国を本拠地とするチームなので、いまだに、開幕直後に今年こそ降格だろうと思っているネガティブファンが大勢いるのが大きな特色である。今年こそ優勝だ!なんて夢物語は口が裂けても言えず、言ったとしても他チームのファンのみならず、自チームからもバカにされる運命にある。負けて納得し、勝って不思議がる、判りやすく言うと東北楽天ゴールデンイーグルスの先輩のようなチームである。ただし、良くも悪しくも新潟市民の気質にマッチしているため、地盤は新潟県会津県・庄内県と南東北の日本海側に広がっている。

[編集] 歴史

  • 1955年、前身となる新潟市のクラブチーム新潟イレブンSC結成。
  • 1994年日韓ワールドカップの開催に向け、新潟県にプロサッカーチームを!というサッカー関係者にとっての夢物語、一般人にとってのどーでもいい戯れ言が始まる。
  • 1997年、JFL(J2下部リーグ)昇格。チーム名を「アルビレオ新潟」変更することになったが、アルビレオなんて名称はとっくの昔に商標登録されていた。慌てて、アルビレックス新潟にチーム名を変更する喜劇を、新潟県民は生暖かい目で見守った。もっとも、この事件をきっかけに新潟県民にその存在を(一応)知られるようになる。
  • 1999年ノストラダムスが予言した年にJリーグに加盟申請。チームも4位とまずまずの結果を残す。
  • 2001年、日韓ワールドカップ開催にあわせ、新潟スタジアム(通称:ビッグスワン)建設完了。ただし、長野オリンピックの悪夢から抜け切れない雪国人は、こんな赤字を垂れ流す箱物を建てどうすんだと、ずっと無用の長物扱いしていた。さらに、開幕セレモニーとしてさだまさしのコンサートを選んだそのセンスに多くの人間が驚愕した。
  • 2002年、日韓ワールドカップが開催されると、日本人と一緒に新潟市民も世界のサッカーに触れる。そして、自分たちの県にもサッカーチームがあったことを思い出す。その結果、世界のサッカーとおらがとこのチームのレベルの差に愕然とした人間の多くは、ネタとして、日本で一番雪が降る県でサッカーチームを応援という自虐を楽しむようになる。そして、見事にJ2で昇格失敗。この段階で新潟市民のハートをがっちりつかむ。
  • 2003年に何の因果か最終節に1位をかすめとる劇的な展開でJ1に昇格。この時期の奮闘をきっかけとして、新潟では反町といったら隆史ではなく北京オリンピック代表監督をさすことになる。ただし、反町の下の名前が康治とは知らない人間も多い。J1昇格と同時に、タダ券のバラマキというそれまでになかった集客方法で熱心なファンを大量に生み出すことに成功する。思ったよりもでかいビッグスワンをオレンジ色に染め上げたアルビレックスの成功があまりに派手だったため、日本全国に二匹目のどじょうを狙うサッカークラブが雨後のたけのこのように出現することになる。しかし、この時期から新潟の誇りだったなんて言うのはいくらなんでも言いすぎである。
  • 2004年、J2で得点王としてチームを支えてきたオゼアスが抜け、1stステージ終了時で14位と降格の危機に瀕する。予想どおりと大部分のファンは感じていたことは秘密。その後、南蛮国よりオゼアスを召集し、ファビーニョエジミウソンの3人で南蛮戦隊オコメンジャーを結成。この戦隊の活躍により2ndステージは6位と躍進する。
この時期から、強い相手に勝ち、弱い相手に負けるというアルビレックスのチーム性が固まっていく。
  • 2005年、隣の魚沼県で大地震が起こったのに、「がんばれ新潟!」という垂幕で魚沼県民から苦情が来る。魚沼県の震災被災者からしてみれば、「魚沼の物は新潟の物?ふざけんな!」である。オゼアスが脱退したが、新たに代打の神様が入隊。世界レベルのフリーキックに驚いたファンは大勢いる。そして、そのフリーキック以外の得点源がなかったことに驚いたファンはもっと大勢いる。まぁ、この時期ぐらいなら新潟の誇りといえなくもない。
  • 2006年、反町監督勇退。代わりにモンテディオ山形から骸骨がやってきた!でも、代打の神様帰国。そしてぎりぎり残留だ!
  • 2007年、シーズン前に深井正樹千代反田充デビ純カス、そして新潟に骨を埋める覚悟でやってきた禁則事項ですを補強。これが功を制しチームは快進撃を続けた。中でも禁則事項ですはチームの精神的支柱となりそれまでチームの顔であった鈴木慎吾をベンチへ追いやる程の活躍をみせた。一応、6位に滑り込んだ。その後、チームが引き抜きでガッタガタになるとは知る由もなかった。
  • 2008年、前シーズン終了後禁則事項ですが「やっぱ俺、猫より犬派だから・・・」と言い残し沈没しかけの泥舟に復帰する。そして、アルビレックスにとってのバースが埼玉のお金持ちのところへ円満に移籍。彼の活躍ぶりから引き止められるわけはないと達観していた新潟県人は多いが、どうせなら、ヨーロッパに行ってほしかった。なお、開幕後に泥沼の4連敗を達成し、エジミウソーーーン(泣)と多くのファンに嘆かせたが、幸い、アレスさんの補強が当たり、なんとか降格圏を脱出。しかし、新潟のことだからどう転ぶか判らない。
なお、お約束として、新潟県民は新潟アルビレックスを誇りと思っているかどうか微妙である。

[編集] その他

  • 試合は藤前干潟に1,2週間に一回訪れるという大白鳥の背中の上で行われる。新潟が負けると、大白鳥が死んでしまい、動物愛護団体から訴えられるはめになる為、アウェーチームは勝ってはいけない。、
まあ、去年横浜のとあるクラブが6-0で勝っちゃったわけなんだが・・・。ただし、アルビレックスにそこまで求めていない、つまるところ、現状を十分すぎるほど理解しているファンが多いため、埼玉や大阪みたいにバス取り囲んで監督出せや騒ぎは今のところ起きていない。そのくせ、1試合ごとに3万人の観客動員って、新潟県民のあきれるほどの人の良さがにじみ出ている
  • ユニフォームの胸に「亀田」の文字が入っている通り、亀田三兄弟が強力にバックアップしている。せやな、貴章、ヒジでもいいから目に入れろよ。
  • 2004年まで、大変珍しい金王国国籍の選手、安英学(アンヨンハッ)が在籍しており、J2優勝やJ1残留などに大きな貢献をしている。そのため、いまだにインターネットでは非国民と呼ばれることもあるが、安の活躍をないがしろにするぐらいなら・・・と感じる人間もいる。
  • アルービレックス!ドンドンドドドン!!アルービレックス!ドンドンドドドン!!と連呼する応援スタイルが一般的だが、はっきり言えば、テーッハミング!ドンドンドドドン!!からパクっている。そのためか、他のチームの応援と一線を画していることは秘密だ。
  • エジミウソーーーン(泣)。

[編集] 関連


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