もうしわけない

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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もうしわけないと一言にいうが、色々な意味が込められているものである。

概要[編集]

一般的には謝罪を意味する言葉として用いられているこの「もうしわけない」であるが、その一言に込められている意味にはさまざまなものがあり、その発言における動機と結果については同じであっても、その成立過程におけるさまざまな心情について、それらを(大人の事情は面倒だから、等の理由で)なかったことにしてしまうのはあまりにもアレであるため、本項において日の目を見せてやるのであった。

諸説[編集]

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独自研究:この記事や節の内容は独自研究であるとする見方もあるようですが、ここアンサイクロペディアで笑いを取るためには自分のアイデアを記事に注ぎ込む事が不可欠です自己言及的なページにならない程度に我が道を突き進んでみてください。
孟子訳ない(もうし、わけ-)
自らの天才ぶりに奢り高ぶり、孟子など訳はない(=足元にも及ばぬほどの天才)と豪語したあの若き日の失言を恥じて発せられた言葉であるという説。この過ちについて本人は「当時、孔子さまには到底及ばないまでも、孟子くらいだったら訳なく勝てるほどの能力を有していると称した時点で、もう十分に謙虚なつもりだった」とコメントしている。
孟子は毛ない (もうし、け-)
あの有名な孟子には毛が無いのではないかという、とても下らないことを唱えているのではないか、とする説。実際孟子がハゲだろうがそうでなかろうが知らないことだし、確かめようが無いので、誰も気にしない
毛絲分けない(もうし、わ-)
一割(10%)なんてもったいない、一分(1%)だって分けてやらない。どんなにしつこく粘ろうが食い下がろうが、一毛(いちもう、0.1%)一絲(いっし、0.01%)だって分けてなんてやるもんか!という強欲さのために神罰を受けたとあるけちん坊懺悔の言葉として発せられたという説。果たしてそんな上っ面だけの謝罪をしたところで、全知全能にしてすべてお見通しである神が彼をお許しになったかどうかはお察し下さいというものである。
もう仕分けない(-、しわ-)
一度言い出してしまった以上、埋蔵金を意地でも掘り当てなければならなくなった手前、不必要な事業どころか必要な事業の予算までも仕分けざるを得なかった、そうまでして実績をでっち上げなくてはならなかったとある仕分け人が、心の中で国民に対して「もう、仕分け(ずに済めばそれに越したことはあり)ません」と呟いたエピソードによる説。要するにお役所言葉の一つである。
申し訳ない(もう-わけ-)
心を込めて申し上げてはみたものの、あまりに支離滅裂であるため翻訳する事さえ出来ないほどに拙い自分の発言に対し、真心が伝わらなかったことを心からお詫びしているのであるが、いかんせんあまりに拙いためにその真心は伝わらずじまいなのであった。
モー牛わけない
君は牛を二頭持っているなどの格言に現れているように、神聖な動物の象徴とみなされることの多い牛。ところが当の牛は別に自分の事を神聖な動物だとか崇拝して欲しいとは思っておらず、「俺が神聖な動物なわけないじゃないか」とほくそえんでいるのだ。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]