づんづく大尽

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づんづく大尽(-だいじん)とは、の恩返しである。

物語[編集]

わぁい、ご馳走だぁ♪

むかしむかし、青梅の和田村(現・日向和田駅周辺)にある名主が、大晦日にお祝い膳を用意して、座敷にしつらえておいた。準備万端整った一同は「これで正月が迎えられる。さぁ寝よう寝よう」と名主以下、家族から奉公人にいたるまで、みんなして早めに床についた。ところが、みんなでせっせと用意した豪華な料理を、の内に一人でつまみ食いしてやろうと企む作男の一人がこっそり起き出すと、たくさんの狸たちがぞろぞろと座敷へ入っていく。何事かと物陰から様子を窺っていると、でっぷり太った貫禄ある親分狸から、ちびっこく痩せた子狸にいたるまで座敷に着席、用意されていた料理や酒を囲んで飲み食いを始めたのであった。

♪ポンポコ ポンポコ(腹鼓の音)
づんづく づんづく[要狸の掛け声?]
ザァッ パラパラ[要何かの楽器?]……♪

時には何だかよくわからない合いの手や効果音も混じって、狸の宴会は盛大に執り行われたのであった。かくして一晩中はしゃぎ回った挙げ句、酒も料理もすっかりなくなってしまった座敷から、狸たちはぞろぞろと帰って行った。さしあたって「つまみ食いの犯人にされちゃかなわない」と作男は黙って一度寝床に戻って、実際自分は食べていないのだし、このまましらばっくれちまおうと狸寝入りを決め込んだのであった。

かくして朝が訪れ、さぁ正月祝いを始めようと名主以下愉快な仲間たちが座敷にやって来ると、食い散らかされたお膳の上に大判小判が山のように積み上げられており、気前のいい名主は「正月の縁起物だから、みんなに振るまっちまおう。これで好きなもの買って来い」と、自分たちが用意した料理よりもっと豪勢な料理や高級な酒を買って来させ、こいつぁ春から縁起がいいやぁ……と、陽気にはしゃぎ倒したのであった。

その後、名主の家はづんづく、づんづくと商売が繁盛して財産も増え、みんな裕福に、幸せに暮らしたと言われている。どんどはらい。

づんづく[編集]

という訳で、この奥多摩に伝わる物語は「づんづく大尽」と呼ばれる訳であるが、要するにづんづくという狸の合いの手と「どんどん(の意味)」をかけただけであり、同じ意味であれば正直なところ「どんどこ大尽」だろうが「づんづん大尽」だろうが、一向に構わなかったというのが真相である。つまり単なる語呂合わせであり、子どもたちに聞かせるにあたって、愉快に語れるように工夫しただけのことであるから、あまりこの「づんづく」について深く追及しないのが大人と言うものである。

「どうして「づんづく」なんですか?「ずんずく」じゃいけないんですか?」
づんづく大尽 について、蓮舫

しかし、[編集]

お金さえあれば何でも買える現代とは違い、昔はおがあっても事前に用意(または予約)しておかなければ十分にモノが手に入らなかった(例えばは、暮れの15日くらいまでに予約しなければ、たとえ武士の家であろうと自宅で搗く他になかった)のだし、かくして食い散らかされた料理がそうそう買い戻せたとは思えない。もしかして実のところは、名主たちは大判小判を抱えてひもじいお正月を迎えたのでは、と邪推してしまうのも無理からぬところではある。

参考文献[編集]

  • 奥多摩民話の会『おくたまの昔話 第一集』昭和62年初版
ちなみに、類似作品として「狸長者」「狸の祝儀」などが各地に存在するが、内容はほとんど一緒である。

関連項目[編集]